高齢の配偶者が相続人になるケースが増えると、相続そのものより前に「そもそも手続きが進まない」という壁が出ます。本人が元気でも銀行や役所に行けない、書類の管理が難しい、家族が代わりに動きたいのに正当な権限が示せない、といった場面は老老相続の典型です。
相続以前の停滞を減らすために、財産管理等委任契約というものがあります。これは、本人に判断能力があるうちに、信頼できる人(受任者)に対して、預貯金の管理や各種手続きなどを任せる契約です。裁判所を使わず、当事者同士の合意で内容を設計できる点が大きな特徴です。
何を任せられる契約なのか
財産管理等委任契約で扱う内容は、ざっくりいうと「本人の生活や財産を回すための事務手続き」です。たとえば次のようなものが対象になりやすいです。
- 預貯金の入出金、公共料金や家賃の支払い、口座や通帳の管理
- 年金や保険、各種契約の更新・解約、必要書類の取り寄せ
- 不動産の維持に関する支払い(固定資産税、管理費など)
- 行政手続きの補助(住民票などの取得、届出の代行)
ただし、財産管理等委任契約は何でもできる契約というわけではありません。
契約は民事の合意なので、書ける範囲には限界がありますし、金融機関や各窓口がその委任状で足りるかを実務的に判断します。本文にもあるように、銀行によっては、委任契約書があっても本人確認を強く求めたり、代理手続を認めない・制限する運用があり得ます。したがって、実際に使う予定の銀行があるなら、事前に確認しておくことが現実的です。
公正証書でトラブル予防
契約自体は私文書でも可能ですが、相続・老老相続の文脈では、公正証書で作ることを勧める場面が多いです。理由はシンプルで、後から「本人が本当に意思表示していたのか」「内容は何だったのか」を争いになりにくくするためです。
相続は、当事者が亡くなった後に争いが起こることがほとんどです。生前の契約が曖昧だと、相続人同士で不信感が生まれ、結果的に遺産分割や名義変更が遅れる原因になります。契約書の形を整え、本人の意思と範囲を明確にしておくことは、相続の入口を整備する意味があります。
判断能力が低下したらどうなるのか
財産管理等委任契約は、本人が判断能力を保っていることを前提に動かしやすい仕組みです。つまり、将来、判断能力が不十分になった局面では、別の制度が必要になります。そこで登場するのが「任意後見契約」です。
あなたが提示している本文でも「将来に備えて任意後見契約とセットが望ましい」「判断能力が低下した後は任意後見へ移行」という考え方が示されています。この流れを、実務的には「移行型任意後見」と呼ぶことがあります。
- 元気なうちは、財産管理等委任契約で、日常の手続きの代理をまかす
- 判断能力が不十分になったら、任意後見が開始し、後見人(任意後見人)が本人を支援する
この組み立てにすると、元気なうちは柔軟に、必要になったら制度に移行して固く守るという形が作れます。老老相続では、配偶者や子が高齢で、いざというときに動けないケースも多いので、早めに契約の設計をしておく意味が大きいです。
財産管理や相続に関する契約の期間
見守り契約
見守り契約は、本人が元気なうちから、定期的に安否や生活状況を確認するための契約です。訪問や連絡を通じて異変を早期に察知することが目的であり、財産の管理や処分を行うものではありません。
この契約は、生前の生活を支える役割を担いますが、後見が開始されたり、本人が亡くなったりすると、その役割は終了します。相続対策というよりも、相続前の孤立防止や早期対応のための仕組みです。
財産管理契約
財産管理等委任契約は、本人が判断能力を有している間に、預貯金の管理や支払い、各種手続きを代理人に任せる契約です。銀行手続きや公共料金の支払いなど、日常的な事務を円滑に行うために使われます。
ただし、この契約は生前のためのものであり、本人が亡くなると原則として終了します。そのため、死亡後の遺産整理や相続手続きを、この契約だけで行うことはできません。
任意後見契約
任意後見契約は、将来、判断能力が不十分になった場合に備えて結ぶ契約です。判断能力が低下すると、家庭裁判所の関与のもとで任意後見が開始され、後見人が財産管理や身の回りの手続きを支援します。
しかし、任意後見も、本人が亡くなると原則として終了します。死亡後に行える行為は限られており、葬儀や相続財産の保存などについては、家庭裁判所の許可や別の契約が問題になります。後見を付けていれば、亡くなったあとのことも全部任せられると考えるのは危険です。
信託
信託は、契約内容によって、生前だけでなく死亡後も継続して機能する仕組みです。財産を受託者に託し、管理や処分を任せることで、本人の死亡後も、契約で定めた目的に従って財産が扱われます。
ただし、信託も万能ではなく、身上監護を行うことはできません。遺言や後見制度との役割分担を考えた設計が必要です。
遺言書
遺言は、本人の死亡後に効力が生じる制度です。誰に、どの財産を、どのように引き継がせるかを定めるものであり、生前の財産管理や手続きを代行することはできません。
そのため、遺言だけを作成しても、生前に財産が動かせなくなる問題は解決しません。生前対策と死後対策を分けて考える必要があります。
死後事務委任契約
死後事務委任契約は、本人が亡くなった後に必要となる事務を、あらかじめ特定の人に任せる契約です。葬儀や埋葬、病院や施設の精算、親族への連絡、住居の解約など、相続手続きに入る前の実務を担います。この契約があることで、死亡直後の混乱を抑え、相続手続きへスムーズにつなげることができます。
相続税の申告手続
相続税の申告は、相続が発生した後に行う手続きです。期限が決まっており、他の相続手続きと並行して進むため、事前に全体像を理解しておくことが重要です。
高齢化が進む中で、「元気なうちに財産の管理をどうしておくか」は、相続よりも前の重要な課題になっています。特に、判断能力が低下した場合に備えて検討される制度として、財産管理等委任契約と家族信託があります。
財産管理委任契約
財産管理等委任契約は、本人が判断能力を有している間に、信頼できる人に財産管理を任せる契約です。預貯金の管理、公共料金の支払い、各種手続きなど、日常的な財産管理を代理人が行います。
この契約の特徴は、本人の判断能力があることを前提にしている点です。契約内容は自由に決めることができ、家庭裁判所の関与もありません。
一方で、この契約は本人が亡くなると終了します。また、判断能力が大きく低下した場合、金融機関などが契約の効力を認めなくなることもあります。
家族信託
家族信託は、財産を信頼できる家族に託し、管理や処分を任せる制度です。信託契約に基づき、受託者が契約の目的に沿って財産を管理します。大きな特徴は、契約の設計次第で、本人の判断能力が低下した後や死亡後も効力が続く場合があることです。
この点が、相続対策や認知症対策として注目される理由です。
ただし、家族信託は財産の管理や処分を行う制度であり、身の回りの世話や医療・介護の判断を行うものではありません。後見制度との役割の違いを理解する必要があります。
判断能力が低下した場合の違い
判断能力が低下した場合、財産管理等委任契約は大きな制約を受けます。代理人が動こうとしても、本人の意思確認ができないとして、銀行などが手続きを拒否するケースがあります。
これに対し、家族信託は、あらかじめ信託契約で定めた内容に基づいて、受託者が継続して財産を管理できます。本人の判断能力の有無に左右されにくい点が、実務上の大きな違いです。
死亡後まで続くかどうかの違い
財産管理等委任契約は、本人の死亡によって終了します。死亡後の遺産整理や相続手続きは、この契約だけでは行えません。
一方、家族信託は、契約内容によっては死亡後も継続します。受託者が財産を管理し、次の承継先へ引き渡す仕組みを設計することも可能です。この点で、家族信託は相続の前後をまたぐ仕組みとして位置づけられます。
手続きの簡便さと注意点
財産管理等委任契約は、比較的シンプルに利用できる制度です。日常の財産管理をスムーズにしたい場合には有効です。
家族信託は、設計の自由度が高い反面、内容を誤るとトラブルにつながるおそれがあります。信託財産の範囲や管理方法、終了時の取り扱いまで慎重な検討が必要です。
どちらも万能ではなく、目的に応じた選択が重要です。
認知症対策としての考え方
認知症になったときのために、家族信託が必ずよいと言い切れるわけではありません。重要なのは、本人の財産状況や家族関係、将来の見通しを踏まえて検討することです。軽度の支援で足りる場合には、財産管理等委任契約で十分なケースもあります。
一方、将来的に判断能力の低下が進み、長期にわたる財産管理が必要になる場合には、家族信託を検討する余地があります。
老老相続の現実を考える
相続対策というと、遺言や相続分の話に目が向きがちです。しかし、実際には相続まで財産を止めないことが重要な前提になります。家族信託と財産管理等委任契約は、相続の前段階を支える制度です。
どの場面で何が必要かを見極めて検討することが、老老相続時代の現実的な対策といえます。
高齢者の認知機能の低下が問題ですが、「本人に意思能力があるかどうか」という判断はどのようにされるのでしょうか。意思能力があるかないかで法律行為が有効か無効なのか、大変な差が出てきます。
意思能力とは
意思能力とは、簡単にいえば、自分がしようとしている行為の意味や結果を理解できるだけの精神的な能力のことです。
たとえば、不動産を売る、預金を引き出す、契約を結ぶといった行為が、自分にどのような影響を与えるのかを理解できるかどうかということです。
民法では、意思能力がない状態で行った法律行為は無効になるとされています。
つまり、本人が契約書に署名していたとしても、そのときに意思能力がなかったと判断されれば、その行為は法律上認められない可能性があります。
認知機能と意思能力の関係
高齢者の判断能力を考えるときには、「認知」という言葉もよく使われます。認知とは、理解、判断、記憶、推論などの知的な働きをまとめて表した言葉です。
認知症の場合には、物忘れなどの記憶障害だけでなく、判断力や理解力などにも影響が出ることがあります。
こうした脳の働きの低下をまとめて「認知機能」と呼びます。
ただし、認知機能の低下があるからといって、直ちにすべての法律行為ができなくなるわけではありません。実際には、その人が具体的な行為の意味を理解できていたかどうかによって判断されます。
意思能力の判断と医師の関与
高齢者の意思能力の有無を判断する場面では、医師の意見が重要になることがあります。
たとえば、介護保険制度では、要介護認定の手続きの中で主治医の意見書が作成され、本人の精神状態や認知機能についての記載が行われます。
また、成年後見制度を利用する場合には、家庭裁判所が医師の診断書などを参考にして、本人の判断能力の程度を確認します。
家庭裁判所は、医師の診断書に記載された内容などをもとに、本人に精神上の障害があるか、判断能力がどの程度低下しているのかを判断することになります。
介護保険制度の要介護認定では認定調査や主治医意見書で、認知症高齢者の日常生活自立度という指標が用いられています。
| ランク | 判断基準 | 見られる症状・行動の例 | 判断にあたっての留意事項 |
|---|
| Ⅰ | 何らかの認知症を有するが、日常生活は家庭内及び社会的にほぼ自立している。 | | 在宅生活が基本であり、一人暮らしも可能である。相談、指導等を実施することにより、症状の改善や進行の阻止を図る。 |
|---|
| Ⅱ | 日常生活に支障を来たすような症状・行動や意思疎通の困難さが多少見られても、誰かが注意していれば自立できる。 | | 在宅生活が基本であるが、一人暮らしは困難な場合もあるので、日中の在宅サービスを利用することにより、在宅生活の支援と症状の改善及び進行の阻止を図る。 |
|---|
| Ⅱ a | 家庭外で上記Ⅱの状態がみられる。 | たびたび道に迷うとか、買物や事務、金銭管理などそれまでできたことにミスが目立つ等 | 在宅生活が基本であるが、一人暮らしは困難な場合もあるので、日中の在宅サービスを利用することにより、在宅生活の支援と症状の改善及び進行の阻止を図る。 |
|---|
| Ⅱ b | 家庭内でも上記Ⅱの状態がみられる。 | 服薬管理ができない、電話の応対や訪問者との対応など一人で留守番ができない等 | 在宅生活が基本であるが、一人暮らしは困難な場合もあるので、日中の在宅サービスを利用することにより、在宅生活の支援と症状の改善及び進行の阻止を図る。 |
|---|
| Ⅲ | 日常生活に支障を来たすような症状・行動や意思疎通の困難さが見られ、介護を必要とする。 | | 日常生活に支障を来たすような行動や意思疎通の困難さがランクⅡより重度となり、介護が必要となる状態である。「ときどき」とはどのくらいの頻度を指すかについては、症状・行動の種類等により異なるので一概には決められないが、一時も目を離せない状態ではない。在宅生活が基本であるが、一人暮らしは困難であるので、夜間の利用も含めた居宅サービスを利用しこれらのサービスを組み合わせることによる在宅での対応を図る。 |
|---|
| Ⅲ a | 日中を中心として上記の状態が見られる。 | 着替え、食事、排便、排尿が上手にできない、時間がかかる。 やたらに物を口に入れる、物を拾い集める、徘徊、失禁、大声、奇声をあげる、火の不始末、不潔行為、性的異常行為等 | 日常生活に支障を来たすような行動や意思疎通の困難さがランクⅡより重度となり、介護が必要となる状態である。「ときどき」とはどのくらいの頻度を指すかについては、症状・行動の種類等により異なるので一概には決められないが、一時も目を離せない状態ではない。在宅生活が基本であるが、一人暮らしは困難であるので、夜間の利用も含めた居宅サービスを利用しこれらのサービスを組み合わせることによる在宅での対応を図る。 |
|---|
| Ⅲ b | 夜間を中心として上記のⅢの状態が見られる。 | ランクⅢ aに同じ | 日常生活に支障を来たすような行動や意思疎通の困難さがランクⅡより重度となり、介護が必要となる状態である。「ときどき」とはどのくらいの頻度を指すかについては、症状・行動の種類等により異なるので一概には決められないが、一時も目を離せない状態ではない。在宅生活が基本であるが、一人暮らしは困難であるので、夜間の利用も含めた居宅サービスを利用しこれらのサービスを組み合わせることによる在宅での対応を図る。 |
|---|
| Ⅳ | 日常生活に支障を来たすような症状・行動や意思疎通の困難さが頻繁に見られ、常に介護を必要とする。 | ランク3に同じ | 常に目を離すことができない状態である。症状・行動はランクⅢと同じであるが、頻度の違いにより区分される。 家族の介護力等の在宅基盤の強弱により在宅サービスを利用しながら在宅生活を続けるか、又は特別養護老人ホーム・老人保健施設等の施設サービスを利用するかを選択する。施設サービスを選択する場合には、施設の特徴を踏まえた選択を行う。 |
|---|
| Ⅴ | 著しい精神症状や周辺症状あるいは重篤な身体疾患が見られ、専門医療を必要とする。 | せん妄、妄想、興奮、自傷・他害等の精神症状や精神症状に起因する問題行動が継続する状態等 | ランクⅠ~Ⅳと判定されていた高齢者が、精神病院や認知症専門棟を有する老人保健施設等での治療が必要となったり、重篤な身体疾患が見られ老人病院等での治療が必要となった状態である。 専門医療機関を受診するよう勧める必要がある。 |
|---|
近年、遺言書を作成する人が増えていますが、高齢者による遺言はどうでしょうか。高齢者が作成した遺言については、「本当に遺言の内容を理解していたのか」という点が問題になることがあります。
特に認知症などが疑われる場合には、遺言を作成した時点で「遺言能力」があったのかどうかが争われることがあります。
遺言能力とは
遺言能力とは、遺言の内容を理解し、その結果を判断できる能力をいいます。
遺言は、亡くなった後の財産の分け方を決める重要な法律行為です。そのため、遺言を作成した本人が、その内容を理解していたかどうかが重要になります。
民法では、15歳に達した者は遺言をすることができると定められています。
これは、通常の契約などと比べて、遺言をするために必要な能力はそれほど高くないと考えられているためです。
ただし、高齢者の場合には、認知症などによって判断能力が低下していることもあります。そのため、遺言が有効かどうかを判断する際には、遺言を作成した当時の本人の状態が重要になります。
遺言能力の判断と認知機能検査
遺言能力の有無を判断する際には、医学的な資料が参考にされることがあります。
その代表的なものが、認知機能検査です。
認知機能検査とは、記憶力や判断力、理解力などの状態を確認するための検査です。裁判例のなかでも、認知機能検査の結果が参考資料として取り上げられることがあります。
代表的な検査として、次の二つがよく知られています。
HDS-R(長谷川式簡易知能評価スケール)
HDS-Rは、日本で広く用いられている認知機能検査の一つです。いくつかの質問に答えてもらうことで、記憶力や理解力などの状態を確認します。
- 自分の年齢
- 今日の日付
- 今いる場所
- 簡単な計算
- 言葉の記憶
たとえば、以上のような質問がされ、検査は30点満点で評価されます。
裁判例の分析では、遺言作成の時期に近い時点で15点以上の評価がある場合には、その遺言は基本的に有効と判断される傾向があるとされています。
一方で、おおむね11点以下の場合には、遺言が無効と判断される例が多いとされています。
ただし、この点数だけで結論が決まるわけではありません。本人の症状や生活状況なども含めて総合的に判断されます。
MMSE(ミニメンタルステート検査)
もう一つよく用いられる検査が、MMSEです。これは世界的にも広く利用されている認知機能検査です。
MMSEでは、次のような項目が確認されます。
- 年月日や季節などの理解
- 現在いる場所の認識
- 言葉の記憶
- 計算
- 言葉の理解
- 簡単な指示への対応
- 図形の模写
これらを通して、記憶力、注意力、理解力などを確認します。
裁判例では、遺言作成時期に近い時点で20点程度の評価がある場合には、遺言が有効と判断される例が多いとされています。
一方で、おおむね17点以下の場合には、遺言が無効と判断される傾向があるといわれています。
点数だけで遺言能力が決まるわけではない
もっとも、認知機能検査の点数だけで遺言能力の有無が決まるわけではありません。
裁判では、遺言の内容や作成当時の状況なども重要な判断材料になります。
たとえば、以下のような場合には遺言能力が慎重に検討されることがあります。
- 遺言の内容が非常に複雑である場合
- 特定の相続人だけに大きな利益がある場合
- 遺言作成の経緯が不自然な場合
反対に、内容が比較的単純であり、本人の意思が明確である場合には、認知症の診断があっても遺言が有効と判断されることもあります。
遺言能力の判断は総合的に行われる
このように、遺言能力の判断は、医学的な資料だけで決まるものではありません。
認知機能検査の結果、本人の生活状況、遺言作成の経緯、遺言の内容などを踏まえ、総合的に判断されます。
高齢化が進む社会では、遺言能力をめぐる問題は今後ますます重要になります。
遺言書の有効性が争われることを避けるためにも、遺言を作成する時期や方法については、慎重に検討することが大切です。
高齢者が作成した遺言書については、遺言能力があったのかという点が争われることがあります。
特に、遺言者が認知症の診断を受けていた場合には、その遺言が有効なのか無効なのかが問題になることがあります。
しかし、認知症と診断されていたからといって、必ずしも遺言が無効になるわけではありません。裁判では、遺言作成当時の本人の判断能力の状態を個別に検討して、遺言の有効性が判断されます。
ここでは、遺言能力が争われた場合に、裁判でどのように判断されているのかをみていきます。
公正証書遺言は基本的に有効と推定される
裁判例では、公正証書遺言については、原則として有効であると推定されると考えられています。公正証書遺言は、公証人が法律に基づく手続によって作成するものです。
公証人は、公証人法によってその職務が定められており、違法な内容や無効な法律行為について公正証書を作成することは禁止されています。
そのため、公証人が作成した公正証書遺言については、特別な事情がない限り、法律の定めに従って作成されたものと推定されるとされています。実際の裁判でも、このような考え方が示されています。
それでも遺言が無効になることはある
もっとも、公正証書遺言であっても、必ず有効になるとは限りません。遺言者に遺言能力がなかったと判断されれば、公正証書遺言であっても無効とされることがあります。
たとえば、遺言者がアルツハイマー型認知症や脳血管性認知症などを発症しており、遺言を作成した当時に十分な判断能力がなかったと認められた場合には、遺言が無効と判断されることがあります。
また、遺言の内容が非常に複雑であったり、特定の相続人に大きく偏った内容であったりする場合には、本人がその内容を理解していたのかどうかが慎重に検討されます。
このような事情がある場合には、公正証書遺言であっても無効と判断されることがあります。
認知症でも遺言が有効とされた裁判例
一方で、認知症の診断を受けていたとしても、遺言が有効と判断された裁判例もあります。
ある裁判例では、認知症の診断を受けていた遺言者が作成した公正証書遺言について、その有効性が争われました。
この遺言は、条文の数が少なく、内容も比較的単純なものでした。具体的には、従前の遺言を撤回し、土地を長男に相続させるという内容でした。裁判所は、この遺言の内容について、複雑な理解を必要とするものではなく、当時の認知能力の状態でも理解できないとはいえないと判断しました。
その結果、この遺言については有効であると判断されています。
遺言能力の判断で重視される点
裁判では、遺言能力の有無を判断する際に、さまざまな事情が総合的に検討されます。
主な判断要素としては、次のようなものがあります。
- 遺言作成当時の認知症の程度
- 認知機能検査の結果
- 医師の診断や診療記録
- 遺言作成の経緯
- 遺言の内容の複雑さ
- 相続人との関係
特に、遺言の内容が複雑である場合には、その内容を理解できるだけの判断能力があったのかどうかが慎重に検討されます。
一方で、内容が比較的単純であり、本人の意思として自然なものである場合には、遺言能力が認められる可能性が高くなる傾向があります。
高齢化が進む社会では、遺言能力をめぐる問題は今後さらに増えることが予想されます。特に、認知症が疑われる高齢者が作成した遺言については、相続人の間で争いになることも少なくありません。
そのような争いを避けるためには、遺言を作成する時期や方法を慎重に考えることが重要になります。
判断能力が十分にあるうちに遺言書を作成しておくことは、将来の相続トラブルを防ぐためにも大切な対策といえるでしょう。
財産の行き先は必ずしも相続人だけとは限りません。
近年では、自分の財産の一部を社会のために役立てたいと考え、寄付という形で財産を使うことを検討する方も増えています。教育、福祉、医療、文化など、さまざまな分野で寄付が社会を支える仕組みとなっています。
生前に行う寄付とは
生前に行う寄付とは、本人が生きている間に、国や地方公共団体、公益法人などに対して金銭や財産を提供することをいいます。
寄付は、教育や文化の振興、社会福祉の充実など、公益的な目的のために活用されます。
財産を家族に残すという選択だけでなく、社会に還元するという考え方も、近年では広く知られるようになってきました。
寄付金控除という税制
一定の団体に対して寄付を行った場合には、税制上の優遇を受けることができます。
これを寄付金控除といいます。寄付金控除とは、寄付した金額の一部を所得から差し引くことができる制度です。控除の対象となる寄付は、特定寄付金と呼ばれています。
特定寄付金に該当する寄付としては、たとえば次のようなものがあります。
- 国や地方公共団体に対する寄付
- 公益社団法人や公益財団法人への寄付
- 認定NPO法人への寄付
- 教育や科学、文化の振興などを目的とする団体への寄付
これらの団体に対して行った寄付は、税制上の優遇措置の対象となる場合があります。
特定寄付金とは
特定寄付金とは、税制上の控除を受けることができる寄付のことをいいます。ただし、すべての寄付が対象になるわけではありません。
寄付した人に特別な利益が生じるようなものは、特定寄付金には該当しないとされています。
たとえば、学校への入学の見返りとして行う寄付などは、特定寄付金とは認められない場合があります。
このような寄付は、税制上の控除の対象とはならないことがあります。そのため、寄付を行う際には、その寄付が特定寄付金に該当するかどうかを確認することが重要になります。
寄付の対象となる主な団体
寄付の対象となる団体には、さまざまなものがあります。
代表的なものとしては次のような団体があります。
- 国や地方公共団体
- 公益社団法人・公益財団法人
- 社会福祉法人
- 学校法人
- 認定NPO法人
これらの団体は、教育、文化、福祉などの公益目的の事業を行う団体として位置づけられています。
そのため、こうした団体に対して行われた寄付については、一定の要件を満たす場合に寄付金控除の対象となることがあります。
財産を寄付するという選択
相続対策というと、どうしても財産を誰に残すかという意識で考えることが多いと思います。しかし、財産の使い道にはさまざまな選択肢があります。
社会のために寄付をする、公益活動に役立てるといった選択肢もあるのです。
ただ、生前にする寄付と、遺言によってする寄付(自身の死後にされる寄付)とでは、制度や税制の取扱いが異なります。
寄付は、相続人がいない場合だけに検討されるものではありません。
自分の意思で財産の一部を社会に役立てたいと考える場合にも、選択肢の一つとなります。
生前に財産の寄付をする生前の寄付に対し、亡くなった後に財産を社会に役立てる方法として利用されるのが「遺贈」です。
遺贈とは、遺言によって財産を特定の人や団体に提供することをいいます。遺贈の相手は相続人である必要はなく、公益法人や自治体などの団体を指定することも可能です。
そのため、相続人以外の団体に財産を残したい場合には、遺言による遺贈が利用されます。
遺贈による寄付とは
遺贈による寄付とは、遺言によって自分の財産を公益団体などに引き継いでもらう方法です。
たとえば、次のような内容の遺言を作成することで寄付を行うことができます。
- 特定の団体に一定の金額を寄付する
- 自宅不動産を団体に遺贈する
- 残った財産の一部を寄付する
このように、遺言を利用することで、亡くなった後の財産の使い道を自分の意思で決めることができます。
遺贈の対象となる団体
遺贈による寄付の対象となる団体には、次のようなものがあります。
- 国や地方公共団体
- 公益社団法人・公益財団法人
- 社会福祉法人
- 認定NPO法人
これらの団体は、教育、文化、医療、福祉などの公益目的の活動を行っており、遺贈による寄付の受け入れを行っている場合もあります。
団体によっては、遺贈の相談窓口を設けていることもあり、遺言の内容について事前に相談できる場合もあります。
遺言信託という方法
遺贈による寄付を行う場合には、信託銀行などが提供する遺言信託という仕組みを利用することもあります。遺言信託とは、遺言の作成や保管、相続手続の実行などを金融機関がサポートする仕組みです。
遺言のなかで寄付を指定しておくことで、亡くなった後に金融機関が遺言の内容にしたがって寄付の手続きを行います。
ただし、遺言信託はあくまで遺言の執行を支援する仕組みであり、遺言そのものの効力は遺言書によって決まります。
遺贈をする際の注意点
遺贈によって寄付を行う場合には、いくつか注意すべき点があります。
まず、寄付を受ける団体がその財産を受け取ることができるかどうかを確認する必要があります。不動産などの場合には、団体が管理できないという理由で受け取りを断られることもあります。
また、遺言の内容が不明確である場合には、遺言の執行が難しくなることがあります。そのため、寄付の内容や対象となる団体を具体的に記載することが重要です。
さらに、遺贈の方法によっては相続税の取扱いが変わることもあります。
寄付と税制の関係
相続によって取得した財産を公益団体などに寄付した場合には、一定の条件を満たすと相続税が課税されない制度があります。
この制度は、公益目的の寄付を促進するために設けられているものです。
ただし、この制度を利用するためには、寄付の対象となる団体や寄付の方法などについて一定の要件を満たす必要があります。
また、相続税の申告期限までに寄付を行うことなど、手続上の条件も定められています。
不動産のみの遺産の場合
自宅や土地などの不動産だけを所有しており、現金がほとんどないという状況で、不動産を寄付したいという遺贈の場合はどうなるでしょうか。
多くの団体では、現金による寄付は受け入れていても、不動産の寄付については慎重な対応をとっています。不動産は維持管理の負担が生じるため、団体の目的や管理体制によっては受け入れることが難しい場合もあるからです。
そのため、不動産のみを所有している場合には、不動産を売却して現金化したうえで寄付する方法が検討されることが多いでしょう。
遺言のなかで、不動産を売却して得た金銭を特定の団体に寄付するという内容を定めておくとスムーズに寄付へ進むことができます。
また、不動産そのものを遺贈する場合には、寄付先の団体がその不動産を受け取ることができるかどうかを、事前に確認しておくべきです。(一部の団体は、寄付された不動産を団体自らが現金化する手続きをするケースもあります。)
遺言による寄付を考える際には、単に寄付先を決めるだけではなく、財産の種類や処分方法まで含めて検討しなければなりません。
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