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相続は越谷の美馬克康司法書士・行政書士事務所 相続ガイド《高齢単身社会が生んだ相続以前の問題》

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社会問題・老老相続

高齢の配偶者が相続人となり、その後すぐに次の相続が発生する「老老相続」。一度の相続で終わらせず、次の相続まで見据えることが重要です。老老相続が抱える法的リスクと対策を司法書士の視点で解説しています。

01高齢単身社会が生んだ相続以前の問題

相続という言葉を聞くと、多くの人は亡くなった後の手続きを思い浮かべるのではないでしょうか。遺産分割や相続登記、名義変更といった話は、確かに相続の中心的な場面です。しかし、司法書士として日々相談を受けていると、近年は相続がはじまる前から問題が起きているケースが急激に増えていると感じます。その背景にあるのが、日本社会の大きな構造変化です。

高齢単身・高齢夫婦世帯が当たり前になった社会

日本では、高齢者の単身世帯や、配偶者と二人だけで暮らす高齢夫婦世帯が年々増えています。子どもがいない、あるいは子どもがいても遠方に住んでいる、疎遠になっているという家庭もめずらしくありません。

このような状況では、かつて家族が自然に担ってきた役割、たとえば日常の見守り、いざというときの連絡先、入院や施設入所時の保証、亡くなった後の事務手続きといったことを、誰が担うのかが問題になります。

この段階では、まだ相続は発生していません。しかし、すでに法律や契約の問題が現実の生活に入り込んでいます。ここに、いわゆる相続以前の問題があります。

必要とされている終活支援サービス

こうした社会状況を背景に、近年はさまざまな終活支援サービスが広がっています。

たとえば、定期的に本人と連絡を取り、安否や生活状況を確認する見守り契約です。あるいは、入院や施設入所の際に求められる保証人の役割を引き受ける身元保証サービスです。賃貸住宅への入居が難しい高齢単身者を支援するための制度や団体も整備されてきました。

これらは、高齢者が一人でも生活を続けるために、非常に重要な仕組みです。家族に代わって社会が支える体制が必要になっている、と言い換えることもできるでしょう。
しかし、司法書士の立場から見ると、ここで一つ重要な点があります。

相続を解決するものではない

見守り契約や身元保証サービス、死後の事務を第三者に依頼する仕組みは、生活を支えるための制度です。ですが、相続そのものを解決する制度ではありません。

どれほど生活面の支援が整っていても、最終的に必ず残るのは、財産は誰が引き継ぐのか、その人は、本当に管理できるのかという問題です。
そして多くの場合、この問いに対する答えは配偶者が相続人になるという形になります。

配偶者が相続人になるという現実

日本の相続では、配偶者が相続人になるケースが非常に多くあります。長年連れ添った夫婦の一方が亡くなり、残された配偶者が財産を引き継ぐ、これはごく自然なことです。
しかしこのとき、その配偶者自身も高齢であるという現実があります。

  • 判断能力が低下し始めている
  • 財産管理に不安がある
  • 生活そのものに支援が必要になりつつある

このような状況でも、形式上は問題なく相続は成立します。相続登記もでき、名義も配偶者に移ります。一見すると、相続は無事に終わったように見えるでしょう。けれども、ここは決してゴールではありません。

本当の問題はその先にある

高齢の配偶者が財産を相続したあと、その方の相続がいつ発生するかは誰にも分かりません。場合によっては、数年も経たないうちに次の相続が訪れることもあります。

つまり、今回の相続、そのすぐ先に控える次の相続、がほとんど準備のないまま連続して起こる構造が生まれます。この構造こそが、後に大きな問題となって表面化します。しかし、多くの人は目の前の相続が終わったという安心感から、そこまで考えないということがほとんどです。

相続は一度きりではない

相続は、単発の出来事ではありません。必ず次につながるものです。

特に高齢社会では、今回の相続と次の相続の間隔が非常に短くなっています。この現実を見据えずに相続を終わらせてしまうと、のちになって家族や関係者が大きな負担を抱えることになります。

02終わらない相続 ―老老相続

高齢単身社会の広がりによって、相続が「亡くなった後の話」ではなく、生前からすでに問題として始まっています。相続が実際に起きたあと、なぜ新たな問題が生まれやすいのかを整理します。
その中心にあるのが、「老老相続」と呼ばれる構造です。

老老相続とは

老老相続とは簡単にいえば、高齢者が亡くなり、その相続人となる配偶者も高齢である相続を指します。
特別な家庭の話ではありません。むしろ現在の日本では、最も一般的な相続の形になっています。長年連れ添った夫婦の一方が亡くなり、残された配偶者が自宅や預貯金を相続する。この流れ自体は、ごく自然なものです。

問題は、その相続が終わったように見える点にあります。

形式上、相続は終わる

老老相続の多くは、手続きとしては問題なく進みます。

  • 相続人は配偶者のみ、あるいは配偶者と子ども
  • 遺産分割でも大きな争いはない
  • 不動産は配偶者名義に変更される
  • 預貯金も配偶者が引き継ぐ

ここまでを見ると、「相続は無事に完了した」と感じるかと思います。実際、登記や名義変更といった手続きもきちんと終わります。

老老相続の問題「時間」

老老相続が問題になりやすい最大の理由は、時間が味方しないことです。相続を受けた配偶者は、すでに高齢です。数年後、場合によってはそれほど時間を置かずに、次の相続が発生する可能性があります。

つまり、今回の相続、その直後に控える次の相続が、ほぼ連続して起こる構造になっているのです。
この点を意識せず、とりあえず今回の相続を終わらせることだけに集中すると、次の相続が一気に複雑化します。

老老相続で起きやすいトラブル

よく現場で目にするのは、相続登記はしたがその後が動かない、配偶者名義に相続登記はしたものの、売却の判断ができない、施設入所にともなう処分が進まない、相続人本人が意思表示できなくなる、などのケースです。

結果として、不動産が動かせない資産になってしまいます。

配偶者が亡くなると、次の相続では、子ども、すでに亡くなっている子の孫、親族、というように、相続人が一気に増えることになる場合が多いです。
今回の相続では問題がなかったのに、次の相続で一気に話がまとまらなくなるという、老老相続では非常に典型的なパターンです。

判断能力低下のリスク・認知症のリスク

老老相続では、相続人本人の判断能力が低下している、あるいは低下するリスクが高い点、そして認知症のリスクがあります。
相続を受けた配偶者は高齢であることが多く、相続の直後は問題がなくても、数年のうちに判断能力が低下する可能性があります。

  • 不動産を売却するかどうか判断できない
  • 遺言を作成したくても、意思能力が認められない
  • 相続手続きや財産処分について同意ができない

この状態になると、家族が代わりに判断することはできません。

相続は必ず次につながる出来事です。特に高齢社会では、その間隔が非常に短くなっています。
老老相続では、この時間とともに高まるリスクを前提に考える必要があります。

次に繋げる相続

相続は、相続登記をすることだけではありません。相続の各手続きを早く終わらせることだけでもありません。相続を、一度きりの出来事ではなく、連続する出来事として見据えなければなりません。

次の相続がいつ起きてもおかしくない、判断能力の問題が生じやすい、相続人が増える可能性が高い、という条件が重なるのが老老相続です。次の相続を想定したり、財産の行き先を考慮したり、手続きが滞らない形を対策する、ということを考えておくだけでも、のちの相続人の負担は大きく変わります。

相続は、終わらせることよりもつなげることが重要です。老老相続という言葉の裏には、その現実が隠れています。

03高齢者の財産の管理

相続実務の現場では、相続が発生する前の段階で、すでに問題が起きているケースが少なくありません。高齢化が進む現在、判断能力の低下や認知症のリスクを抱えながら生活する高齢者は増えています。こうした状況の中で、財産をどう管理するかは、将来の相続の行方を大きく左右する重要な問題です。今回は、高齢者の財産の管理についてを解説します。

高齢化社会と財産管理の問題

日本では、高齢単身世帯や高齢夫婦のみの世帯が増加しています。子どもがいない、あるいは子どもが遠方に住んでいる、疎遠になっているという家庭もめずらしくありません。

このような状況では、日常生活の問題だけでなく、預貯金の管理、不動産の管理、契約行為の判断などの財産の管理問題が発生します。本人だけでは対応できなくなる場面が出てくるのです。

この段階では相続の問題とは異なるかもしれませんが、相続の土台となる財産の管理が不安定になっているということは、相続の問題はすでにはじまっているといえます。

高齢者の財産管理とは

高齢者の財産管理とは、単にお金を預かることではありません。具体的には、次のような行為を含みます。

  • 預貯金口座の管理・解約・移動
  • 不動産の維持・修繕・売却
  • 有価証券や保険の管理
  • 各種契約の締結・変更・解約

これらはいずれも、本人の意思に基づく判断能力が前提となる行為です。つまり、財産管理とはお金の問題であると同時に、判断能力の問題でもあります。

相続と財産管理の深い関係

相続は、財産を次の世代へ引き継ぐ制度です。しかしその前提として、財産が適切に管理され、動かせる状態にあることが必要です。

相続の場面では、不動産の名義を変更する、財産を分ける、売却して換価する、といった財産を動かす行為が必ず発生します。ところが、生前の財産管理が十分ではない場面、これらの行為ができなくなることがあります。ここに、財産管理と相続が切り離せない理由があります。

判断能力低下・認知症のリスクが与える影響

高齢になるにつれ、判断能力が低下するリスクは誰にでもあります。認知症と診断されていなくても、金融機関や不動産業者から「本人の判断能力に不安がある」と判断されれば、取引が進まないこともあります。

判断能力に問題が生じると、預貯金の解約や大きな出金ができない、不動産を売却できない、相続対策や遺言の作成ができない、といった法律上の制度以前に実務上の壁として立ちはだかります。

事実上の財産凍結

判断能力が低下した高齢者の財産は、事実上「凍結」された状態になります。これは、金融機関が勝手に財産を止めているわけではありません。本人の意思確認ができない以上、取引ができないのは当然の対応です。

この状態になると、家族であっても勝手に引き出すことはできない、不動産の売却や担保設定もできない、相続税対策や生前贈与が不可能、という状況に陥ります。

財産は存在しているのに誰も動かせない、つまり実務でいう財産凍結の状態です。

家族でも代わりに管理できない理由

家族なのだから、代わりに管理できるのでは?、と思われる方も多いと思いますが、法律上、本人以外が当然に財産管理をできるわけではありません。

たとえ配偶者や子どもであっても、本人名義の預金を自由に動かすこと、本人名義の不動産を売却することはできません。これを可能にするには、法律に基づいた制度や契約が必要になります。

高齢者の財産管理は相続の入口

以上のように、高齢者の財産管理は、生前の問題でありながら将来の相続に直結しています。判断能力が低下したまま相続を迎えると、相続手続きが進まない、次の相続(老老相続)で問題が拡大する、家族が大きな負担を背負う、といった結果につながります。

高齢者の財産管理は、相続とは別の話ではなく、相続の入口として最初に考えるべき問題なのです。

04成年後見制度は相続にどう影響するのか

高齢者の財産管理が相続の入口であり、判断能力の低下や認知症のリスクによって相続そのものが動かなくなる現実がありますが、そのような場面で利用されることの多い成年後見制度について、相続との関係に焦点を当てて解説します。

成年後見制度とは

成年後見制度とは、判断能力が不十分な方について、家庭裁判所が選任した後見人等が、本人を法律的に支援する制度です。判断能力の低下によって、契約や財産管理が困難になった場合に、本人の利益を守ることを目的としています。

成年後見制度には、大きく分けて次の二種類があります。

  • 法定後見制度
  • 任意後見制度

どちらも相続と深く関係しますが、性質や使われ方は大きく異なります。

法定後見制度

法定後見制度は、すでに判断能力が低下している場合に、家庭裁判所の審判によって開始される制度です。本人の判断能力の程度に応じて、次の3類型に分かれます。

  • 補助(判断能力が不十分な方)
  • 保佐(判断能力が著しく不十分な方)
  • 後見(判断能力を欠く状態が通常の方)

いずれの場合も、家庭裁判所が後見人等を選任し、その監督のもとで財産管理が行われます。

法定後見制度の特徴

法定後見制度の最大の特徴は、本人の意思よりも保護が優先される点にあります。

  • 財産は原則として維持・保存
  • 大きな財産処分には家庭裁判所の許可が必要
  • 後見人は家庭裁判所の監督下に置かれる

このため、法定後見制度は自由に財産を使うための制度ではありません。

法定後見制度と相続の関係

法定後見制度が開始されると、相続に関して次のような影響が出ます。

  • 不動産の売却が原則として難しくなる
  • 相続税対策のための財産処分ができない
  • 生前贈与などの相続対策は認められない

これは、後見制度が本人の生活と財産を守ることを目的としているためです。
結果として、相続対策を行いたいと考えても、後見制度が開始された後では、できることが大きく制限されます。

任意後見制度とは

任意後見制度は、判断能力が十分にあるうちに、将来に備えて契約を結んでおく制度です。本人が予め選んだ任意後見人に対し、財産管理や生活に関する事務を委ねる内容を、公正証書で契約します。判断能力が低下した後、家庭裁判所が任意後見監督人を選任した時点で、契約の効力が発生します。

任意後見制度の特徴

任意後見制度の特徴は、本人の意思を反映した設計ができる点にあります。

  • 誰に後見を任せるかを自分で決められる
  • どこまでの権限を与えるかを事前に決められる
  • 判断能力があるうちに準備できる

この点は、法定後見制度との大きな違いです。

任意後見制度にもある制約

任意後見制度は柔軟に見えますが、注意点もあります。

  • 効力発生後は、後見制度の一種となる
  • 家庭裁判所の監督下に置かれる
  • 相続税対策や自由な財産処分は原則できない

つまり、任意後見制度も万能な相続対策ではありません。

成年後見制度が相続を止める場面

実務上、特に問題になりやすいのが次のようなケースです。

  • 高齢配偶者が相続人となる(老老相続)
  • その後、判断能力が低下
  • 成年後見制度が開始
  • 不動産や預貯金が動かせなくなる
  • 次の相続が目前に迫る

この流れに入ると、相続手続きが極めて困難になります。
成年後見制度は本人を守る制度である一方、相続という観点では動きを止める制度になることがあります。

ここで誤解してはいけないのは、成年後見制度そのものが悪い制度ではないという点です。

  • 判断能力が低下した本人を守る
  • 不当な契約や財産侵害を防ぐ
  • 生活の安定を支える

という重要な役割を果たしています。問題は、相続を見据えた準備がないまま制度を使うことにあります。

相続の視点から見た成年後見制度の位置づけ

相続の観点から見ると、成年後見制度は次のように位置づけられます。

  • 財産を守る制度
  • 相続対策を行う制度ではない
  • 相続の「最終手段」として使われる制度

この点を理解せずに制度を利用すると、後からこんなはずではなかった、という結果になりがちです。

05任意後見・信託・財産管理委任の使い分け

高齢化の進展により、判断能力の低下や認知症のリスクを抱えながら生活する高齢者は年々増えています。判断能力が低下した場合、成年後見制度によって財産を保護することは可能です。
しかし、実務の現場では、成年後見制度だけでは相続の問題を十分に解決できないケースが少なくありません。
それは、成年後見制度が「財産を守る制度」であって、「相続を整える制度」ではないからです。

成年後見制度の限界が相続に与える影響

成年後見制度が開始されると、本人の財産は家庭裁判所の監督のもとで管理されます。後見人は、本人の生活や財産を守る立場にあるため、原則として財産を減らす行為や、将来の相続を見据えた対策を行うことはできません。

その結果、相続税対策としての生前贈与や、不動産の売却・組み替えといった行為は極めて難しくなります。これは制度上当然の制約ですが、相続の視点から見ると、大きな問題となります。

成年後見制度は必要な制度です。しかし、その利用を前提として相続を考えてしまうと、結果として「相続が動かなくなる」状態を招くことがあります。

判断能力があるうちに考える

相続を止めないために重要なのは、判断能力が低下してから制度を探すのではなく、判断能力があるうちに、どのような管理の仕組みを作るかを考えることです。

この段階で選択肢となるのが、任意後見制度や財産管理委任契約、信託といった制度です。これらは、成年後見制度とは役割が異なり、本人の意思を反映しやすいという特徴があります。

任意後見制度の位置づけ

任意後見制度は、判断能力が十分にあるうちに契約を結び、将来に備える制度です。本人が自ら後見人を選び、どのような事務を任せるかを決めることができます。

もっとも、任意後見制度も、効力が発生した後は家庭裁判所の監督下に置かれます。そのため、相続対策や財産処分の自由度は限定されます。任意後見制度は、成年後見制度を補完する制度であり、相続そのものを設計する制度ではありません。

財産管理委任契約という選択肢

判断能力がある間に活用される制度として、財産管理委任契約があります。
これは、預貯金の管理や不動産の管理、各種支払い手続などを、本人の意思に基づいて第三者に任せる契約です。

財産管理委任契約の特徴は、家庭裁判所の関与がなく、柔軟な運用が可能である点にあります。相続を見据えて財産を整理したり、不動産を売却したりすることも、本人の意思が確認できる限り可能です。

ただし、この契約は判断能力が低下すると効力を維持できません。そのため、将来のリスクを踏まえた設計が必要になります。

信託制度と相続

信託制度は、財産の管理と承継を切り分けて考える仕組みです。財産を託す相手を決め、管理の方法や将来の承継先をあらかじめ定めることができます。

この仕組みにより、判断能力が低下した後も、財産が滞ることなく管理され、相続の流れをコントロールすることが可能になります。特に老老相続が想定されるケースでは、信託制度が有効な場面も多くあります。

いま、相続を考える

判断能力がある間は柔軟に財産を管理し、判断能力が低下した場合には保護の制度へ移行し、相続については事前に流れを整えておく、このように段階を意識した設計が相続を止めないためには欠かせません。

相続は、制度を知らなかったことで複雑になることが多い分野です。成年後見制度も、任意後見制度も、信託も、それぞれ役割があります。問題は、それらをいつ、どのように使うかです。

高齢者の財産管理は、相続の直前に考えるものではありません。判断能力がある今こそが、相続を整える最後の機会になることもあります。
高齢者の財産管理は、相続の「前段階」ではなく、相続そのものを左右する重要な要素です。

06相続の前に検討したい家族信託

相続が始まる前の段階で問題が生じているケースが年々増えています。
高齢夫婦のみで生活している世帯では、どちらか一方、あるいは両方の判断能力が低下することで、財産が動かせなくなってしまうことがあります。いわゆる老老相続の問題です。
このような状況の中で、近年注目されている制度の一つが「家族信託」です。

信託とは

信託とは、簡単に言えば、自分の財産の管理や処分を信頼できる人に託す制度です。信託法では、特定の目的に従い、財産の管理や処分を行う仕組みとして定められています。

信託では、三者の関係が基本になります。財産を託す人を「委託者」、その財産を管理・処分する人を「受託者」、そして信託財産から生じる利益を受け取る人を「受益者」といいます。

たとえば、高齢の親が委託者となり、子を受託者として、自宅や預貯金を信託するケースがあります。この場合、財産の名義は受託者に移りますが、生活費などの利益は引き続き親が受け取る形にすることができます。これにより、将来親の判断能力が低下したとしても、受託者である子が、契約にもとづいて財産を管理・処分することが可能になります。

家族信託と相続の関係

老老相続の場面で問題になるのは、亡くなった後ではなく、生きている間に財産が動かせなくなることです。判断能力が低下すると、不動産の売却や賃貸、まとまった資金の引き出しなどができなくなります。遺言があっても、この段階では役に立ちません。

成年後見制度を利用すれば一定の対応は可能ですが、後見制度は本人を保護する制度であり、財産を積極的に動かすことには制約があります。そのため、相続が発生する前の財産管理という点では、十分とはいえない場面もあります。

家族信託は、こうした空白を埋める制度です。判断能力があるうちに信託契約を結んでおくことで、将来にわたって財産を止めずに管理することができます。この点が、相続との関係で家族信託が注目されている理由です。

家族信託のできること・できないこと

家族信託でできるのは、あくまでも財産の管理や処分に関することです。不動産の管理や売却、預貯金の管理、収益の分配などは、信託契約の内容に基づいて行うことができます。

一方で、信託ではできないこともあります。介護契約の締結や入院手続、施設入所の判断など、身上監護に関する事項は信託の対象外です。この部分については、成年後見制度など、別の制度を利用する必要があります。

この点を理解せずに、家族信託だけですべてを解決しようとすると、後になって制度の限界に直面することになります。

成年後見制度との違いと併用の重要性

成年後見制度では、原則として本人の財産を減らす行為や積極的な運用・処分は制限されます。
また、本人が亡くなった時点で後見人の権限は終了します。そのため、死亡後の事務処理が円滑に進まないこともあります。

これに対して、家族信託では、信託契約の内容に基づき、本人死亡後の財産の帰属先や、葬儀費用の支出方法などを定めておくことも可能です。

実務では、家族信託と成年後見制度を対立するものとして考えるのではなく、役割を分けて併用する設計が重要になります。財産管理は信託で行い、身上監護については後見制度を利用するというような組み合わせが、老老相続の現場では現実的な対応となります。

相続を円滑に進めるための家族信託

家族信託は、遺言のように最終的な遺産分割を決める制度ではありません。その意味では、相続対策そのものではないといえます。

しかし、判断能力の低下によって財産が凍結されてしまえば、相続自体がスムーズに進まなくなります。家族信託は、相続がはじまるまでの間、財産を止めないための仕組みです。相続を円滑に進めるための前提条件を整える制度として、大きな役割を果たします。

老老相続が増加する現代では、相続は亡くなってから考えるものではなく、判断能力があるうちに備えるものへと変わっています。家族信託は有効な選択肢の一つですが、制度の特性と限界を理解した上で設計しなければなりません。

信託契約は後日の争いを防ぐために、公正証書での作成が望まれます。相続や老老相続の問題は、家庭ごとに事情が異なります。早い段階で専門家に相談し、家族信託を含めた全体設計を行うことが、相続を止めないための重要な一歩になります。

07生前に結ぶ財産管理等委任契約

高齢の配偶者が相続人になるケースが増えると、相続そのものより前に「そもそも手続きが進まない」という壁が出ます。本人が元気でも銀行や役所に行けない、書類の管理が難しい、家族が代わりに動きたいのに正当な権限が示せない、といった場面は老老相続の典型です。

相続以前の停滞を減らすために、財産管理等委任契約というものがあります。これは、本人に判断能力があるうちに、信頼できる人(受任者)に対して、預貯金の管理や各種手続きなどを任せる契約です。裁判所を使わず、当事者同士の合意で内容を設計できる点が大きな特徴です。

何を任せられる契約なのか

財産管理等委任契約で扱う内容は、ざっくりいうと「本人の生活や財産を回すための事務手続き」です。たとえば次のようなものが対象になりやすいです。

  • 預貯金の入出金、公共料金や家賃の支払い、口座や通帳の管理
  • 年金や保険、各種契約の更新・解約、必要書類の取り寄せ
  • 不動産の維持に関する支払い(固定資産税、管理費など)
  • 行政手続きの補助(住民票などの取得、届出の代行)

ただし、財産管理等委任契約は何でもできる契約というわけではありません。
契約は民事の合意なので、書ける範囲には限界がありますし、金融機関や各窓口がその委任状で足りるかを実務的に判断します。本文にもあるように、銀行によっては、委任契約書があっても本人確認を強く求めたり、代理手続を認めない・制限する運用があり得ます。したがって、実際に使う予定の銀行があるなら、事前に確認しておくことが現実的です。

公正証書でトラブル予防

契約自体は私文書でも可能ですが、相続・老老相続の文脈では、公正証書で作ることを勧める場面が多いです。理由はシンプルで、後から「本人が本当に意思表示していたのか」「内容は何だったのか」を争いになりにくくするためです。

相続は、当事者が亡くなった後に争いが起こることがほとんどです。生前の契約が曖昧だと、相続人同士で不信感が生まれ、結果的に遺産分割や名義変更が遅れる原因になります。契約書の形を整え、本人の意思と範囲を明確にしておくことは、相続の入口を整備する意味があります。

判断能力が低下したらどうなるのか

財産管理等委任契約は、本人が判断能力を保っていることを前提に動かしやすい仕組みです。つまり、将来、判断能力が不十分になった局面では、別の制度が必要になります。そこで登場するのが「任意後見契約」です。

あなたが提示している本文でも「将来に備えて任意後見契約とセットが望ましい」「判断能力が低下した後は任意後見へ移行」という考え方が示されています。この流れを、実務的には「移行型任意後見」と呼ぶことがあります。

  • 元気なうちは、財産管理等委任契約で、日常の手続きの代理をまかす
  • 判断能力が不十分になったら、任意後見が開始し、後見人(任意後見人)が本人を支援する

この組み立てにすると、元気なうちは柔軟に、必要になったら制度に移行して固く守るという形が作れます。老老相続では、配偶者や子が高齢で、いざというときに動けないケースも多いので、早めに契約の設計をしておく意味が大きいです。

財産管理や相続に関する契約の期間

見守り契約

見守り契約は、本人が元気なうちから、定期的に安否や生活状況を確認するための契約です。訪問や連絡を通じて異変を早期に察知することが目的であり、財産の管理や処分を行うものではありません。
この契約は、生前の生活を支える役割を担いますが、後見が開始されたり、本人が亡くなったりすると、その役割は終了します。相続対策というよりも、相続前の孤立防止や早期対応のための仕組みです。

財産管理契約

財産管理等委任契約は、本人が判断能力を有している間に、預貯金の管理や支払い、各種手続きを代理人に任せる契約です。銀行手続きや公共料金の支払いなど、日常的な事務を円滑に行うために使われます。
ただし、この契約は生前のためのものであり、本人が亡くなると原則として終了します。そのため、死亡後の遺産整理や相続手続きを、この契約だけで行うことはできません。

任意後見契約

任意後見契約は、将来、判断能力が不十分になった場合に備えて結ぶ契約です。判断能力が低下すると、家庭裁判所の関与のもとで任意後見が開始され、後見人が財産管理や身の回りの手続きを支援します。
しかし、任意後見も、本人が亡くなると原則として終了します。死亡後に行える行為は限られており、葬儀や相続財産の保存などについては、家庭裁判所の許可や別の契約が問題になります。後見を付けていれば、亡くなったあとのことも全部任せられると考えるのは危険です。

信託

信託は、契約内容によって、生前だけでなく死亡後も継続して機能する仕組みです。財産を受託者に託し、管理や処分を任せることで、本人の死亡後も、契約で定めた目的に従って財産が扱われます。
ただし、信託も万能ではなく、身上監護を行うことはできません。遺言や後見制度との役割分担を考えた設計が必要です。

遺言書

遺言は、本人の死亡後に効力が生じる制度です。誰に、どの財産を、どのように引き継がせるかを定めるものであり、生前の財産管理や手続きを代行することはできません。
そのため、遺言だけを作成しても、生前に財産が動かせなくなる問題は解決しません。生前対策と死後対策を分けて考える必要があります。

死後事務委任契約

死後事務委任契約は、本人が亡くなった後に必要となる事務を、あらかじめ特定の人に任せる契約です。葬儀や埋葬、病院や施設の精算、親族への連絡、住居の解約など、相続手続きに入る前の実務を担います。この契約があることで、死亡直後の混乱を抑え、相続手続きへスムーズにつなげることができます。

相続税の申告手続

相続税の申告は、相続が発生した後に行う手続きです。期限が決まっており、他の相続手続きと並行して進むため、事前に全体像を理解しておくことが重要です。

08家族信託と財産管理委任契約の違い

高齢化が進む中で、「元気なうちに財産の管理をどうしておくか」は、相続よりも前の重要な課題になっています。特に、判断能力が低下した場合に備えて検討される制度として、財産管理等委任契約と家族信託があります。

財産管理委任契約

財産管理等委任契約は、本人が判断能力を有している間に、信頼できる人に財産管理を任せる契約です。預貯金の管理、公共料金の支払い、各種手続きなど、日常的な財産管理を代理人が行います。
この契約の特徴は、本人の判断能力があることを前提にしている点です。契約内容は自由に決めることができ、家庭裁判所の関与もありません。

一方で、この契約は本人が亡くなると終了します。また、判断能力が大きく低下した場合、金融機関などが契約の効力を認めなくなることもあります。

家族信託

家族信託は、財産を信頼できる家族に託し、管理や処分を任せる制度です。信託契約に基づき、受託者が契約の目的に沿って財産を管理します。大きな特徴は、契約の設計次第で、本人の判断能力が低下した後や死亡後も効力が続く場合があることです。
この点が、相続対策や認知症対策として注目される理由です。

ただし、家族信託は財産の管理や処分を行う制度であり、身の回りの世話や医療・介護の判断を行うものではありません。後見制度との役割の違いを理解する必要があります。

判断能力が低下した場合の違い

判断能力が低下した場合、財産管理等委任契約は大きな制約を受けます。代理人が動こうとしても、本人の意思確認ができないとして、銀行などが手続きを拒否するケースがあります。

これに対し、家族信託は、あらかじめ信託契約で定めた内容に基づいて、受託者が継続して財産を管理できます。本人の判断能力の有無に左右されにくい点が、実務上の大きな違いです。

死亡後まで続くかどうかの違い

財産管理等委任契約は、本人の死亡によって終了します。死亡後の遺産整理や相続手続きは、この契約だけでは行えません。

一方、家族信託は、契約内容によっては死亡後も継続します。受託者が財産を管理し、次の承継先へ引き渡す仕組みを設計することも可能です。この点で、家族信託は相続の前後をまたぐ仕組みとして位置づけられます。

手続きの簡便さと注意点

財産管理等委任契約は、比較的シンプルに利用できる制度です。日常の財産管理をスムーズにしたい場合には有効です。

家族信託は、設計の自由度が高い反面、内容を誤るとトラブルにつながるおそれがあります。信託財産の範囲や管理方法、終了時の取り扱いまで慎重な検討が必要です。

どちらも万能ではなく、目的に応じた選択が重要です。

認知症対策としての考え方

認知症になったときのために、家族信託が必ずよいと言い切れるわけではありません。重要なのは、本人の財産状況や家族関係、将来の見通しを踏まえて検討することです。軽度の支援で足りる場合には、財産管理等委任契約で十分なケースもあります。

一方、将来的に判断能力の低下が進み、長期にわたる財産管理が必要になる場合には、家族信託を検討する余地があります。

老老相続の現実を考える

相続対策というと、遺言や相続分の話に目が向きがちです。しかし、実際には相続まで財産を止めないことが重要な前提になります。家族信託と財産管理等委任契約は、相続の前段階を支える制度です。

どの場面で何が必要かを見極めて検討することが、老老相続時代の現実的な対策といえます。

09高齢者の意思能力はどのように判断されるのか

高齢者の認知機能の低下が問題ですが、「本人に意思能力があるかどうか」という判断はどのようにされるのでしょうか。意思能力があるかないかで法律行為が有効か無効なのか、大変な差が出てきます。

意思能力とは

意思能力とは、簡単にいえば、自分がしようとしている行為の意味や結果を理解できるだけの精神的な能力のことです。

たとえば、不動産を売る、預金を引き出す、契約を結ぶといった行為が、自分にどのような影響を与えるのかを理解できるかどうかということです。

民法では、意思能力がない状態で行った法律行為は無効になるとされています。
つまり、本人が契約書に署名していたとしても、そのときに意思能力がなかったと判断されれば、その行為は法律上認められない可能性があります。

認知機能と意思能力の関係

高齢者の判断能力を考えるときには、「認知」という言葉もよく使われます。認知とは、理解、判断、記憶、推論などの知的な働きをまとめて表した言葉です。

認知症の場合には、物忘れなどの記憶障害だけでなく、判断力や理解力などにも影響が出ることがあります。
こうした脳の働きの低下をまとめて「認知機能」と呼びます。

ただし、認知機能の低下があるからといって、直ちにすべての法律行為ができなくなるわけではありません。実際には、その人が具体的な行為の意味を理解できていたかどうかによって判断されます。

意思能力の判断と医師の関与

高齢者の意思能力の有無を判断する場面では、医師の意見が重要になることがあります。
たとえば、介護保険制度では、要介護認定の手続きの中で主治医の意見書が作成され、本人の精神状態や認知機能についての記載が行われます。

また、成年後見制度を利用する場合には、家庭裁判所が医師の診断書などを参考にして、本人の判断能力の程度を確認します。

家庭裁判所は、医師の診断書に記載された内容などをもとに、本人に精神上の障害があるか、判断能力がどの程度低下しているのかを判断することになります。

介護保険制度の要介護認定では認定調査や主治医意見書で、認知症高齢者の日常生活自立度という指標が用いられています。

ランク判断基準見られる症状・行動の例判断にあたっての留意事項
何らかの認知症を有するが、日常生活は家庭内及び社会的にほぼ自立している。在宅生活が基本であり、一人暮らしも可能である。相談、指導等を実施することにより、症状の改善や進行の阻止を図る。
日常生活に支障を来たすような症状・行動や意思疎通の困難さが多少見られても、誰かが注意していれば自立できる。在宅生活が基本であるが、一人暮らしは困難な場合もあるので、日中の在宅サービスを利用することにより、在宅生活の支援と症状の改善及び進行の阻止を図る。
Ⅱ a家庭外で上記Ⅱの状態がみられる。たびたび道に迷うとか、買物や事務、金銭管理などそれまでできたことにミスが目立つ等在宅生活が基本であるが、一人暮らしは困難な場合もあるので、日中の在宅サービスを利用することにより、在宅生活の支援と症状の改善及び進行の阻止を図る。
Ⅱ b家庭内でも上記Ⅱの状態がみられる。服薬管理ができない、電話の応対や訪問者との対応など一人で留守番ができない等在宅生活が基本であるが、一人暮らしは困難な場合もあるので、日中の在宅サービスを利用することにより、在宅生活の支援と症状の改善及び進行の阻止を図る。
日常生活に支障を来たすような症状・行動や意思疎通の困難さが見られ、介護を必要とする。日常生活に支障を来たすような行動や意思疎通の困難さがランクⅡより重度となり、介護が必要となる状態である。「ときどき」とはどのくらいの頻度を指すかについては、症状・行動の種類等により異なるので一概には決められないが、一時も目を離せない状態ではない。在宅生活が基本であるが、一人暮らしは困難であるので、夜間の利用も含めた居宅サービスを利用しこれらのサービスを組み合わせることによる在宅での対応を図る。
Ⅲ a日中を中心として上記の状態が見られる。着替え、食事、排便、排尿が上手にできない、時間がかかる。
やたらに物を口に入れる、物を拾い集める、徘徊、失禁、大声、奇声をあげる、火の不始末、不潔行為、性的異常行為等
日常生活に支障を来たすような行動や意思疎通の困難さがランクⅡより重度となり、介護が必要となる状態である。「ときどき」とはどのくらいの頻度を指すかについては、症状・行動の種類等により異なるので一概には決められないが、一時も目を離せない状態ではない。在宅生活が基本であるが、一人暮らしは困難であるので、夜間の利用も含めた居宅サービスを利用しこれらのサービスを組み合わせることによる在宅での対応を図る。
Ⅲ b夜間を中心として上記のⅢの状態が見られる。ランクⅢ aに同じ日常生活に支障を来たすような行動や意思疎通の困難さがランクⅡより重度となり、介護が必要となる状態である。「ときどき」とはどのくらいの頻度を指すかについては、症状・行動の種類等により異なるので一概には決められないが、一時も目を離せない状態ではない。在宅生活が基本であるが、一人暮らしは困難であるので、夜間の利用も含めた居宅サービスを利用しこれらのサービスを組み合わせることによる在宅での対応を図る。
日常生活に支障を来たすような症状・行動や意思疎通の困難さが頻繁に見られ、常に介護を必要とする。ランク3に同じ常に目を離すことができない状態である。症状・行動はランクⅢと同じであるが、頻度の違いにより区分される。
家族の介護力等の在宅基盤の強弱により在宅サービスを利用しながら在宅生活を続けるか、又は特別養護老人ホーム・老人保健施設等の施設サービスを利用するかを選択する。施設サービスを選択する場合には、施設の特徴を踏まえた選択を行う。
著しい精神症状や周辺症状あるいは重篤な身体疾患が見られ、専門医療を必要とする。せん妄、妄想、興奮、自傷・他害等の精神症状や精神症状に起因する問題行動が継続する状態等ランクⅠ~Ⅳと判定されていた高齢者が、精神病院や認知症専門棟を有する老人保健施設等での治療が必要となったり、重篤な身体疾患が見られ老人病院等での治療が必要となった状態である。
専門医療機関を受診するよう勧める必要がある。

10高齢者の遺言能力はどのように判断されるのか

近年、遺言書を作成する人が増えていますが、高齢者による遺言はどうでしょうか。高齢者が作成した遺言については、「本当に遺言の内容を理解していたのか」という点が問題になることがあります。
特に認知症などが疑われる場合には、遺言を作成した時点で「遺言能力」があったのかどうかが争われることがあります。

遺言能力とは

遺言能力とは、遺言の内容を理解し、その結果を判断できる能力をいいます。
遺言は、亡くなった後の財産の分け方を決める重要な法律行為です。そのため、遺言を作成した本人が、その内容を理解していたかどうかが重要になります。

民法では、15歳に達した者は遺言をすることができると定められています。
これは、通常の契約などと比べて、遺言をするために必要な能力はそれほど高くないと考えられているためです。

ただし、高齢者の場合には、認知症などによって判断能力が低下していることもあります。そのため、遺言が有効かどうかを判断する際には、遺言を作成した当時の本人の状態が重要になります。

遺言能力の判断と認知機能検査

遺言能力の有無を判断する際には、医学的な資料が参考にされることがあります。
その代表的なものが、認知機能検査です。

認知機能検査とは、記憶力や判断力、理解力などの状態を確認するための検査です。裁判例のなかでも、認知機能検査の結果が参考資料として取り上げられることがあります。
代表的な検査として、次の二つがよく知られています。

HDS-R(長谷川式簡易知能評価スケール)

HDS-Rは、日本で広く用いられている認知機能検査の一つです。いくつかの質問に答えてもらうことで、記憶力や理解力などの状態を確認します。

  • 自分の年齢
  • 今日の日付
  • 今いる場所
  • 簡単な計算
  • 言葉の記憶

たとえば、以上のような質問がされ、検査は30点満点で評価されます。

裁判例の分析では、遺言作成の時期に近い時点で15点以上の評価がある場合には、その遺言は基本的に有効と判断される傾向があるとされています。
一方で、おおむね11点以下の場合には、遺言が無効と判断される例が多いとされています。

ただし、この点数だけで結論が決まるわけではありません。本人の症状や生活状況なども含めて総合的に判断されます。

MMSE(ミニメンタルステート検査)

もう一つよく用いられる検査が、MMSEです。これは世界的にも広く利用されている認知機能検査です。
MMSEでは、次のような項目が確認されます。

  • 年月日や季節などの理解
  • 現在いる場所の認識
  • 言葉の記憶
  • 計算
  • 言葉の理解
  • 簡単な指示への対応
  • 図形の模写

これらを通して、記憶力、注意力、理解力などを確認します。
裁判例では、遺言作成時期に近い時点で20点程度の評価がある場合には、遺言が有効と判断される例が多いとされています。
一方で、おおむね17点以下の場合には、遺言が無効と判断される傾向があるといわれています。

点数だけで遺言能力が決まるわけではない

もっとも、認知機能検査の点数だけで遺言能力の有無が決まるわけではありません。
裁判では、遺言の内容や作成当時の状況なども重要な判断材料になります。

たとえば、以下のような場合には遺言能力が慎重に検討されることがあります。

  • 遺言の内容が非常に複雑である場合
  • 特定の相続人だけに大きな利益がある場合
  • 遺言作成の経緯が不自然な場合

反対に、内容が比較的単純であり、本人の意思が明確である場合には、認知症の診断があっても遺言が有効と判断されることもあります。

遺言能力の判断は総合的に行われる

このように、遺言能力の判断は、医学的な資料だけで決まるものではありません。
認知機能検査の結果、本人の生活状況、遺言作成の経緯、遺言の内容などを踏まえ、総合的に判断されます。

高齢化が進む社会では、遺言能力をめぐる問題は今後ますます重要になります。
遺言書の有効性が争われることを避けるためにも、遺言を作成する時期や方法については、慎重に検討することが大切です。

11認知症でも遺言は有効になるのか

高齢者が作成した遺言書については、遺言能力があったのかという点が争われることがあります。
特に、遺言者が認知症の診断を受けていた場合には、その遺言が有効なのか無効なのかが問題になることがあります。

しかし、認知症と診断されていたからといって、必ずしも遺言が無効になるわけではありません。裁判では、遺言作成当時の本人の判断能力の状態を個別に検討して、遺言の有効性が判断されます。
ここでは、遺言能力が争われた場合に、裁判でどのように判断されているのかをみていきます。

公正証書遺言は基本的に有効と推定される

裁判例では、公正証書遺言については、原則として有効であると推定されると考えられています。公正証書遺言は、公証人が法律に基づく手続によって作成するものです。

公証人は、公証人法によってその職務が定められており、違法な内容や無効な法律行為について公正証書を作成することは禁止されています。

そのため、公証人が作成した公正証書遺言については、特別な事情がない限り、法律の定めに従って作成されたものと推定されるとされています。実際の裁判でも、このような考え方が示されています。

それでも遺言が無効になることはある

もっとも、公正証書遺言であっても、必ず有効になるとは限りません。遺言者に遺言能力がなかったと判断されれば、公正証書遺言であっても無効とされることがあります。

たとえば、遺言者がアルツハイマー型認知症や脳血管性認知症などを発症しており、遺言を作成した当時に十分な判断能力がなかったと認められた場合には、遺言が無効と判断されることがあります。

また、遺言の内容が非常に複雑であったり、特定の相続人に大きく偏った内容であったりする場合には、本人がその内容を理解していたのかどうかが慎重に検討されます。
このような事情がある場合には、公正証書遺言であっても無効と判断されることがあります。

認知症でも遺言が有効とされた裁判例

一方で、認知症の診断を受けていたとしても、遺言が有効と判断された裁判例もあります。
ある裁判例では、認知症の診断を受けていた遺言者が作成した公正証書遺言について、その有効性が争われました。

この遺言は、条文の数が少なく、内容も比較的単純なものでした。具体的には、従前の遺言を撤回し、土地を長男に相続させるという内容でした。裁判所は、この遺言の内容について、複雑な理解を必要とするものではなく、当時の認知能力の状態でも理解できないとはいえないと判断しました。
その結果、この遺言については有効であると判断されています。

遺言能力の判断で重視される点

裁判では、遺言能力の有無を判断する際に、さまざまな事情が総合的に検討されます。

主な判断要素としては、次のようなものがあります。

  • 遺言作成当時の認知症の程度
  • 認知機能検査の結果
  • 医師の診断や診療記録
  • 遺言作成の経緯
  • 遺言の内容の複雑さ
  • 相続人との関係

特に、遺言の内容が複雑である場合には、その内容を理解できるだけの判断能力があったのかどうかが慎重に検討されます。
一方で、内容が比較的単純であり、本人の意思として自然なものである場合には、遺言能力が認められる可能性が高くなる傾向があります。

高齢化が進む社会では、遺言能力をめぐる問題は今後さらに増えることが予想されます。特に、認知症が疑われる高齢者が作成した遺言については、相続人の間で争いになることも少なくありません。
そのような争いを避けるためには、遺言を作成する時期や方法を慎重に考えることが重要になります。

判断能力が十分にあるうちに遺言書を作成しておくことは、将来の相続トラブルを防ぐためにも大切な対策といえるでしょう。

12財産を寄付するという選択

財産の行き先は必ずしも相続人だけとは限りません。
近年では、自分の財産の一部を社会のために役立てたいと考え、寄付という形で財産を使うことを検討する方も増えています。教育、福祉、医療、文化など、さまざまな分野で寄付が社会を支える仕組みとなっています。

生前に行う寄付とは

生前に行う寄付とは、本人が生きている間に、国や地方公共団体、公益法人などに対して金銭や財産を提供することをいいます。
寄付は、教育や文化の振興、社会福祉の充実など、公益的な目的のために活用されます。
財産を家族に残すという選択だけでなく、社会に還元するという考え方も、近年では広く知られるようになってきました。

寄付金控除という税制

一定の団体に対して寄付を行った場合には、税制上の優遇を受けることができます。
これを寄付金控除といいます。寄付金控除とは、寄付した金額の一部を所得から差し引くことができる制度です。控除の対象となる寄付は、特定寄付金と呼ばれています。
特定寄付金に該当する寄付としては、たとえば次のようなものがあります。

  • 国や地方公共団体に対する寄付
  • 公益社団法人や公益財団法人への寄付
  • 認定NPO法人への寄付
  • 教育や科学、文化の振興などを目的とする団体への寄付

これらの団体に対して行った寄付は、税制上の優遇措置の対象となる場合があります。

特定寄付金とは

特定寄付金とは、税制上の控除を受けることができる寄付のことをいいます。ただし、すべての寄付が対象になるわけではありません。

寄付した人に特別な利益が生じるようなものは、特定寄付金には該当しないとされています。
たとえば、学校への入学の見返りとして行う寄付などは、特定寄付金とは認められない場合があります。

このような寄付は、税制上の控除の対象とはならないことがあります。そのため、寄付を行う際には、その寄付が特定寄付金に該当するかどうかを確認することが重要になります。

寄付の対象となる主な団体

寄付の対象となる団体には、さまざまなものがあります。
代表的なものとしては次のような団体があります。

  • 国や地方公共団体
  • 公益社団法人・公益財団法人
  • 社会福祉法人
  • 学校法人
  • 認定NPO法人

これらの団体は、教育、文化、福祉などの公益目的の事業を行う団体として位置づけられています。
そのため、こうした団体に対して行われた寄付については、一定の要件を満たす場合に寄付金控除の対象となることがあります。

財産を寄付するという選択

相続対策というと、どうしても財産を誰に残すかという意識で考えることが多いと思います。しかし、財産の使い道にはさまざまな選択肢があります。
社会のために寄付をする、公益活動に役立てるといった選択肢もあるのです。
ただ、生前にする寄付と、遺言によってする寄付(自身の死後にされる寄付)とでは、制度や税制の取扱いが異なります。

寄付は、相続人がいない場合だけに検討されるものではありません。
自分の意思で財産の一部を社会に役立てたいと考える場合にも、選択肢の一つとなります。

13遺言で財産を寄付する遺贈

生前に財産の寄付をする生前の寄付に対し、亡くなった後に財産を社会に役立てる方法として利用されるのが「遺贈」です。
遺贈とは、遺言によって財産を特定の人や団体に提供することをいいます。遺贈の相手は相続人である必要はなく、公益法人や自治体などの団体を指定することも可能です。
そのため、相続人以外の団体に財産を残したい場合には、遺言による遺贈が利用されます。

遺贈による寄付とは

遺贈による寄付とは、遺言によって自分の財産を公益団体などに引き継いでもらう方法です。
たとえば、次のような内容の遺言を作成することで寄付を行うことができます。

  • 特定の団体に一定の金額を寄付する
  • 自宅不動産を団体に遺贈する
  • 残った財産の一部を寄付する

このように、遺言を利用することで、亡くなった後の財産の使い道を自分の意思で決めることができます。

遺贈の対象となる団体

遺贈による寄付の対象となる団体には、次のようなものがあります。

  • 国や地方公共団体
  • 公益社団法人・公益財団法人
  • 社会福祉法人
  • 認定NPO法人

これらの団体は、教育、文化、医療、福祉などの公益目的の活動を行っており、遺贈による寄付の受け入れを行っている場合もあります。
団体によっては、遺贈の相談窓口を設けていることもあり、遺言の内容について事前に相談できる場合もあります。

遺言信託という方法

遺贈による寄付を行う場合には、信託銀行などが提供する遺言信託という仕組みを利用することもあります。遺言信託とは、遺言の作成や保管、相続手続の実行などを金融機関がサポートする仕組みです。

遺言のなかで寄付を指定しておくことで、亡くなった後に金融機関が遺言の内容にしたがって寄付の手続きを行います。
ただし、遺言信託はあくまで遺言の執行を支援する仕組みであり、遺言そのものの効力は遺言書によって決まります。

遺贈をする際の注意点

遺贈によって寄付を行う場合には、いくつか注意すべき点があります。
まず、寄付を受ける団体がその財産を受け取ることができるかどうかを確認する必要があります。不動産などの場合には、団体が管理できないという理由で受け取りを断られることもあります。

また、遺言の内容が不明確である場合には、遺言の執行が難しくなることがあります。そのため、寄付の内容や対象となる団体を具体的に記載することが重要です。
さらに、遺贈の方法によっては相続税の取扱いが変わることもあります。

寄付と税制の関係

相続によって取得した財産を公益団体などに寄付した場合には、一定の条件を満たすと相続税が課税されない制度があります。
この制度は、公益目的の寄付を促進するために設けられているものです。

ただし、この制度を利用するためには、寄付の対象となる団体や寄付の方法などについて一定の要件を満たす必要があります。
また、相続税の申告期限までに寄付を行うことなど、手続上の条件も定められています。

不動産のみの遺産の場合

自宅や土地などの不動産だけを所有しており、現金がほとんどないという状況で、不動産を寄付したいという遺贈の場合はどうなるでしょうか。

多くの団体では、現金による寄付は受け入れていても、不動産の寄付については慎重な対応をとっています。不動産は維持管理の負担が生じるため、団体の目的や管理体制によっては受け入れることが難しい場合もあるからです。

そのため、不動産のみを所有している場合には、不動産を売却して現金化したうえで寄付する方法が検討されることが多いでしょう。
遺言のなかで、不動産を売却して得た金銭を特定の団体に寄付するという内容を定めておくとスムーズに寄付へ進むことができます。

また、不動産そのものを遺贈する場合には、寄付先の団体がその不動産を受け取ることができるかどうかを、事前に確認しておくべきです。(一部の団体は、寄付された不動産を団体自らが現金化する手続きをするケースもあります。)

遺言による寄付を考える際には、単に寄付先を決めるだけではなく、財産の種類や処分方法まで含めて検討しなければなりません。

相続ガイド相続・遺言・相続放棄を分かりやすく解説

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