相続人の不存在
「相続人が存在しない」とは、被相続人が死亡したときに、相続人となるべき人が一人もいない状態をいいます。これは珍しいことではありますが、現実には次のような場合に生じることがあります。
- 法定相続人が誰一人いない(配偶者も子も、親兄弟もいない)
- 法定相続人が全員すでに死亡している
- 相続欠格または相続人廃除により全員が相続権を失った
- 相続放棄をしたため、誰も相続人として残らなかった
このように、法的に「誰も相続する人がいない」状況になると、当然ながらその遺産は宙に浮いた状態になります。そこで登場するのが「相続財産法人」という制度です。
相続財産法人の成立
相続人の存在が確定できない間、遺産は「相続財産法人」という特別な法人格を持ったものとして扱われます。これは株式会社やNPO法人のように登記して設立するものではなく、法律によって当然に発生する“みなし法人”です。
民法951条で、以下のように規定されています。
民法951条
相続人のあることが明らかでないときは、相続財産は、法人とする。
ポイントは、「相続人がいない」と確定していなくても、「いるかどうか分からない」というだけで、この法人は成立するという点です。
相続財産法人の性質
相続財産法人は、あくまで遺産を仮に管理・保全するための仮構的な法人です。たとえば以下のような目的のために使われます。
- 財産の散逸や横領を防ぐ
- 必要な支出(例:葬儀費用、税金、管理費など)を行う
- 相続人が現れたときに、正しく財産を引き渡せるように準備する
つまり、「相続人がはっきりするまでの仮の器」として、財産の安全を守るための仕組みです。
相続財産管理人の選任
相続財産法人が成立すると、次に必要となるのが「相続財産管理人」の選任です。
民法952条1項では、相続人のあることが明らかでない場合には、利害関係人(例:債権者、土地の隣人、親族など)または検察官の請求により、家庭裁判所が相続財産の管理人を選任しなければならないと定めています。
民法951条
1.前条の場合には、家庭裁判所は、利害関係人又は検察官の請求によって、相続財産の清算人を選任しなければならない。
2.前項の規定により相続財産の清算人を選任したときは、家庭裁判所は、遅滞なく、その旨及び相続人があるならば一定の期間内にその権利を主張すべき旨を公告しなければならない。この場合において、その期間は、6箇月を下ることができない。
この管理人は、いわば会社でいう“代表者”のようなもので、財産の保存・管理、債務の弁済、必要経費の支出などを行う権限と義務を持ちます。
選任された管理人は、公示を行い、相続人の有無を調査したり、債権者の請求に対応したりしながら、最終的な処理へと進んでいきます。
管理人に関する他の規定
相続財産管理人に関しては、民法953条、954条、955条、956条にわたり補足規定が用意されています。特に重要なのは、管理人の行為が「法的に有効」とされる点です。のちに真の相続人が現れた場合でも、管理人が就任中に行った行為(例えば債務弁済など)はすべて有効として扱われます。
民法953条
第27条から第29条までの規定は、前条第1項の相続財産の清算人(以下この章において単に「相続財産の清算人」という。)について準用する。
民法954条
相続財産の清算人は、相続債権者又は受遺者の請求があるときは、その請求をした者に相続財産の状況を報告しなければならない。
民法955条
相続人のあることが明らかになったときは、第951条の法人は、成立しなかったものとみなす。ただし、相続財産の清算人がその権限内でした行為の効力を妨げない。
民法956条
1.相続財産の清算人の代理権は、相続人が相続の承認をした時に消滅する。
2.前項の場合には、相続財産の清算人は、遅滞なく相続人に対して管理の計算をしなければならない。