すべての段階を経てもなお、相続財産の帰属先がない場合に、最終的に財産がどう処理されるのでしょうか。
相続人がいない+縁故者もいないという状態
「相続人不存在」とは、単に相続人が不明というだけでなく、以下のすべてが完了してなお、法的に帰属先がないと確定した状態を意味します。
- 相続財産管理人の選任(民法952条)
- 相続人探索の公告(同条2項:6か月以上)
- 債権者・受遺者への公告と請求(民法957条)
- 特別縁故者による分与の申立(民法958条の2:3か月以内)
これらの手続きを経てもなお、相続人が名乗り出なかった、債権者・受遺者の請求がなかった、特別縁故者から分与の申立もなかった、または棄却された、という場合、もはや財産を受け取るべき者が誰もいない状態が法的に確定します。
このとき、民法は財産をそのまま放置することを許さず、国庫に最終帰属させるという処理をとります。
残余財産の国庫への帰属
民法959条
前条の規定により処分されなかった相続財産は、国庫に帰属する。この場合においては、第956条第2項の規定を準用する。
この条文は短く簡潔ですが、その背景には、相続という私的な制度が行き着く「公共への回収」という最終原則が込められています。
相続人が存在せず、債権者・受遺者・特別縁故者もいない、あるいは正当な期間内に請求や申立てがなされなかった場合、残った相続財産は最終的に「国庫」に帰属することになります。この「国庫帰属」には、いくつかの重要な特徴があります。
まず第一に、相続財産の帰属先は「国そのもの」であって、地方自治体(市区町村や都道府県)ではありません。たとえば、不動産が含まれる場合でも、所在する地域の自治体に帰属するのではなく、日本国政府の所有となります。この点は誤解されやすい部分ですが、民法第959条が定める帰属先はあくまで「国庫」=「国の財政機関」です。
次に、この帰属は、特別な申請や手続きを必要とせず、法律の規定により当然に生じるものです。相続財産管理人や裁判所が「帰属を申請する」といった手続を経なくても、必要な公告・清算などが完了した時点で、法的に自動的に国の所有となります。これを「当然帰属」あるいは「法定帰属」といいます。
この点で、遺言による寄付や生前贈与、契約による財産の譲渡とは根本的に異なります。それらはあくまで本人の意思による「任意の移転」であり、受け手となる者の承諾が必要であったり、登記や受贈手続をともなったりするのに対して、国庫帰属は、相手方の意思にかかわらず、一方的に、かつ法的に確定的に成立します。
つまり、「相続人等がいないこと」が確定し、かつ清算手続を経て残余財産がある場合、国家はそれを最後の帰属先として当然に引き取る責任を負うというのがこの制度の本質です。
この帰属は国が積極的に望んで取得するのではなく、あくまで「最終責任として受け止める」という位置づけにある点も重要な理解となります。
国庫に帰属という意味
ここでいう「国庫に帰属する」とは、民法上の所有権が国家に移転するということを意味します。つまり、相続財産管理人によって清算された後に残った財産は、次のような流れになります。
- 不動産 → 法務局を通じて国名義に登記される
- 預貯金 → 国の歳入として会計処理される
- 動産(家財、車など) → 処分または売却後、現金化して国庫に入る
これは遺言や寄付とは異なり、「最終処分」として、国家がすべてを引き取る制度です。いわば、民事的な私有財産が、公共財産へと戻るというイメージです。
国庫帰属の手続きと流れ
- 相続財産管理人が、公告・請求受付・弁済・清算などをすべて完了
- 特別縁故者からの分与申立がなかった(または却下された)
- 家庭裁判所が「残余財産を国庫に帰属させる」決定を出す
- 相続財産管理人が、不動産の登記変更や預貯金の国庫納付を実行
- 相続財産法人の清算が完了し、消滅する
これらの処理は、法務局、金融機関、国庫金の受入機関(財務局など)との連携で進められ、管理人が関与する最後の業務となります。
国庫へ帰属する財産の範囲
国庫に帰属するのは、最終的に残った「純財産」です。つまり、債務や遺贈の支払い、管理・公告・裁判手続き等の費用などを差し引いたのちに残る財産です。
したがって、相続財産がすでに清算や弁済で使い果たされていれば、国庫に帰属する財産がゼロである可能性もあります。
また、換価が困難な財産(例えば、老朽化した家屋や権利関係が複雑な土地)などは、場合によっては売却が進まず、そのまま管理人によって処分報告がなされ、国がそのまま所有者になるケースもあります。
相続人が後から現れた場合
理論的には、公告期間が過ぎた後で、実子の認知がされたり、戸籍訂正により新たな相続人が判明したり、といった事態が起こる可能性もあります。
しかし、公告手続と期限が正当に行われた場合は、その相続人の権利は失効しているとされます。
- 公告期間内に名乗り出なかった → 相続権喪失
- 特別縁故者の分与も受けていない → 財産は国庫帰属で確定
このような構造になっており、後からの請求は基本的に受け入れられません。
寄付との違い・公共財としての役割
被相続人が生前に「私の財産は死後、国に寄付したい」と希望していたとしても、遺言などの正式な法的手続きを取っていなければ、それは「国庫帰属」ではなく「遺贈・寄付」として扱われません。
国庫帰属は、本人の意思によらず、制度上当然に発生する処理です。その意味では、公共性の高い制度ではありますが、国家が任意で財産をもらうのではなく、「最終責任として引き取る制度」ともいえます。