相続財産の管理義務
相続が始まったとき、相続人は財産を引き継ぐかどうかに関わらず、相続財産をしっかりと管理する義務を負います。民法918条はこれを定めています。
ここでいう「管理」とは、たとえば不動産を放置せず維持したり、現金を安全に保管したり、あるいは価値を保つための必要な手続きを行うことを意味します。ただし、この義務は無制限に続くわけではなく、相続を承認・放棄するまでの一時的なもので、相続の意思表示をすることでその管理義務は原則として終了します。
しかし、家庭裁判所が相続財産管理人を選任した場合には、その者が代わって管理義務を負うことになります。また、相続人の行動が遅れることで損失が出る恐れがあるときなどは、裁判所が保存処分の命令を出すことも可能です。
民法918条
相続人は、その固有財産におけるのと同一の注意をもって、相続財産を管理しなければならない。ただし、相続の承認又は放棄をしたときは、この限りでない。
承認・放棄の撤回と取消し
相続においては、いったん「単純承認」「限定承認」「相続放棄」のいずれかの意思表示を行うと、それを後から変えることは原則できません。これは民法919条1項に定められています。つまり、一度放棄した後に「やっぱり相続します」とは言えない、というのが基本ルールです。
ですが、特別な理由があれば「撤回」や「取消し」が認められる場合があります。
民法919条
1. 相続の承認及び放棄は、第915条第1項の期間内でも、撤回することができない。
2. 前項の規定は、第1編及び前編の規定により相続の承認又は放棄の取消しをすることを妨げない。
3. 前項の取消権は、追認をすることができる時から6箇月間行使しないときは、時効によって消滅する。相続の承認又は放棄の時から10年を経過したときも、同様とする。
4. 第2項の規定により限定承認又は相続の放棄の取消しをしようとする者は、その旨を家庭裁判所に申述しなければならない。
熟慮期間内の撤回
撤回とは、まだ民法915条で定められた「3ヶ月の熟慮期間」内であれば、選択を変更できる制度です。たとえば、ある相続人が熟慮期間中に相続放棄の届け出をしたけれど、「やはり財産もあるらしいので承認に変えたい」と考えた場合、撤回が認められる余地があります。
この撤回は、915条の3ヶ月以内に行わなければなりません。しかも、一度放棄などをしたことが他の相続人に知られ、それに影響を与えている場合には、撤回が制限されることもあります。
相続放棄の取消し
撤回とは異なり、「取消し」はすでに効力が発生した承認や放棄について、後から無効を主張するものです。たとえば、次のような場合が典型です。
- 他人にだまされて放棄を届け出てしまった(詐欺)
- 誤解や勘違いによって誤った選択をしてしまった(錯誤)
- 脅されてやむを得ず放棄した(強迫)
このような事情があるとき、相続人は家庭裁判所に申立てて、相続の承認または放棄を取り消すことができます。
取消しには「追認」されるまでに行う必要があり、原則として「6ヶ月以内」に手続きを行わなければなりません(民法921条の準用)。また、取消しが認められるには、単なる気持ちの変化では足りず、民法上の「無効原因」が明確に存在していなければなりません。
限定承認の取消しと制限
限定承認については、特に取消しが認められにくくなっています。なぜなら、限定承認は手続きが複雑で、相続人全員の合意が必要とされるため、その途中で一部の相続人が勝手に取り下げてしまうと、全体の公平が損なわれるおそれがあるからです。
そのため、民法919条4項では、限定承認または相続放棄の取消しをする場合には、家庭裁判所への申立てが必要であることが明記されています。つまり、口頭で「やっぱりやめた」と言うだけでは済まされないのです。
無効原因の具体例
たとえば、相続放棄の届出書に勝手に相続人の印鑑が押されていたようなケースでは「偽造」とされ、無効となる可能性があります。また、「兄が勝手に手続きしたが、私は何も知らなかった」といった場合に、その兄が他の相続人の同意を得ずに提出したなら、「同意欠如」による無効が認められることもあります。
さらに、最近の判例(平成29年民法改正以降)では、申述書の提出後であっても、誤った申述に基づいていた場合には取消しが認められる事例が増えてきています。
承認・放棄を取消したのちの対応
無効が認められて承認または放棄の効力が取り消されると、その相続人は「初めから選択していなかった」ものとして扱われ、再び承認か放棄かを選ぶことが可能になります。
ただし、取消しが認められたとしても、相続人としての権利を行使し直すには、相応の手続きや期限の制限があります。たとえば、取消しが遅れると、取り消したくても時効によって権利が消滅することもあります(10年で消滅するのが通例)。