民法第905条では、「相続分の取戻権」について定めています。これは、共同相続人のうち一人が自分の相続分を、遺産分割が完了する前に無断で第三者に譲渡してしまった場合に、他の相続人がその持分を買い戻す(取り戻す)ことができるという制度です。
民法905条
1.共同相続人の一人が遺産の分割前にその相続分を第三者に譲り渡したときは、他の共同相続人は、その価額及び費用を償還して、その相続分を譲り受けることができる。
2.前項の権利は、1箇月以内に行使しなければならない。
この制度は、相続の公平と秩序を守るために設けられており、相続人以外の第三者が勝手に相続に介入することを防ぐ役割を果たします。
制度の仕組み
民法905条1項
共同相続人の一人が遺産の分割前にその相続分を第三者に譲り渡したときは、他の共同相続人は、その価額及び費用を償還して、その相続分を譲り受けることができる。
つまり、遺産分割がまだ行われていない段階で、A相続人が自分の相続分を第三者に売ってしまった場合、他の相続人(BやCなど)はその分をお金で買い戻せるということです。この「買い戻し」の権利を「相続分の取戻権」といいます。
この制度が必要とされる背景には、相続人以外の第三者が、相続人の持分を取得することで相続関係が複雑化し、遺産分割協議が困難になるという問題があります。
たとえば、不動産や事業などが遺産に含まれていた場合、その持分が突然、関係のない第三者に渡ることで、相続人間の信頼関係が崩れたり、交渉が進まなくなったりします。こうした事態を防ぎ、相続人の間で円満かつ実質的な遺産分割が行われるようにするのが、取戻権の制度趣旨です。
取戻権を行使するための条件
相続分の取戻権を行使するためには、以下の3つの要件をすべて満たす必要があります。
- 譲渡が、他の共同相続人の同意なく行われたこと
複数人の相続人が協議のうえ合意して譲渡した場合には取戻権は行使できません。 - 譲渡の相手が、共同相続人以外の第三者であること
他の相続人に譲った場合は問題ないとされます。 - 遺産分割前であること
遺産分割が完了していれば、各相続人の取得分は確定しているため、取戻権の対象にはなりません。
行使の方法と期限
民法905条2項により、取戻権の行使は「譲渡の事実を知ってから1か月以内」に行わなければならないとされています。
この「1か月」という短い期間は、譲渡された相続分が速やかに他人の手に渡り続けてしまう事態を防ぐために設けられています。権利を行使するには、相続人が譲渡された持分の「価額および費用」を第三者に支払い、その持分を法的に自らのものとする手続をとる必要があります。
なお、この取戻権は「形成権」とされており、相手方の同意がなくても一方的に行使することが可能です。したがって、譲受人が拒否しても、法律上は相続分が戻ることになります。
取戻権の対象は「全体の割合的持分」に限る
905条の取戻権は、相続分という「遺産全体に対する持分」に対してのみ認められます。たとえば、「父の遺産のうち、〇〇土地だけを第三者に譲渡した」というようなケースでは、本条は適用されず、相続分の取戻権を使って回復することはできません。
なぜなら、相続分とは本来「財産全体に対する割合的権利」であり、個別の財産についての権利ではないためです。
行使の効果と帰属
取戻権が適法に行使されると、その譲渡された相続分は、他の共同相続人のうち行使した者に移転します。たとえば、Aが第三者Xに持分を譲渡し、Bが取戻権を行使した場合、Bがその分を取得したことになります。
このとき、譲受人Xと譲渡人Aの間には、すでに代金などの支払いが行われていることもありますが、Bが価額と費用を償還することで、Xからの所有権取得は否定され、相続人Bが優先的に取得することになります。