相続が発生すると、相続人には「承認」または「放棄」という選択が与えられます。その中でも「単純承認」は、最も基本的かつ原則的な相続方法です。単純承認とは、被相続人(亡くなった人)の財産や借金などを一切合切すべて無条件に受け継ぐことを意味します。
たとえば、父が亡くなり、自宅や預金といった財産が残されていた場合、それだけでなく住宅ローンなどの借金があっても、これをすべて「そのまま」受け継ぐのが単純承認です。相続人が何の手続きもしない場合、法律上は単純承認したとみなされます。
単純承認の法的効果
民法920条では、単純承認をした相続人は「無限に被相続人の権利義務を承継する」と定めています。つまり、被相続人が持っていた財産も借金も、良いものも悪いものも、すべてそのまま相続人のものになります。これは言い換えれば、被相続人が生前に抱えていた債務について、相続人が責任をもって返済義務を負うことを意味します。
単純承認を選ぶことで、自分が気づいていなかった借金が後から出てきたとしても、それを拒否することは原則できません。このため、単純承認には一定のリスクも伴います。
民法920条
相続人は、単純承認をしたときは、無限に被相続人の権利義務を承継する。でない。
法定単純承認とは
民法921条では、「明示的に単純承認の意思を示していないにもかかわらず、自動的に単純承認とみなされる行為」についても規定されています。これを「法定単純承認」と呼びます。
たとえば次のような場合は、本人に単純承認の意思がなくても、法律上は単純承認したものと扱われます。
- 相続人が相続財産を全部または一部でも処分(売却や譲渡など)した場合
- 限定承認や相続放棄の期限(通常は3ヶ月)を過ぎてしまった場合
- 相続財産を隠したり、私的に使ってしまった場合
つまり、相続人が財産を勝手に使ったり売却した時点で、黙っていても「単純承認した」と法律上みなされてしまうのです。特に注意が必要なのは、相続開始から3ヶ月が経過したとき。この期間を「熟慮期間」と呼び、相続人はその間に、単純承認・限定承認・放棄のいずれかを選ばなければなりません。
民法921条
次に掲げる場合には、相続人は、単純承認をしたものとみなす。
1. 相続人が、限定承認又は相続の放棄をした後であっても、相続財産の全部若しくは一部を隠匿し、私にこれを消費し、又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったとき。ただし、その相続人が相続の放棄をしたことによって相続人となった者が相続の承認をした後は、この限りでない。
2. 相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。ただし、保存行為及び第602条に定める期間を超えない賃貸をすることは、この限りでない。
3. 相続人が第915条第1項の期間内に限定承認又は相続の放棄をしなかったとき。
法定単純承認の取消しや例外
ただし、一定の場合には法定単純承認が無効になることもあります。たとえば、相続人が相続財産の一部をうっかり処分してしまったが、それが債務の存在を知らずにした行為であった場合など、例外的に取り消しが認められることがあります。
また、心神喪失や詐欺・強迫によって意思表示がなされたときは、その意思表示自体が無効となり、単純承認の効力も否定される可能性があります。たとえば、「他の相続人から脅されてやむを得ず財産を使ってしまった」などの事情がある場合は、法定単純承認が否定されることもあります。
このように、行為の内容と背景によっては「知らずに承認してしまった」ことが法的に問題とされない場合もありますが、裁判所の判断が必要になります。
民法921条3項に関する補足(財産の隠匿・消費・記載漏れ)
民法921条3項では、相続人が「相続財産を隠したり、使ってしまったり、わざと相続財産を申告しなかった」場合にも単純承認とみなされるとしています。これは悪意ある行為に対する制裁的な意味合いが強い規定です。
たとえば、相続人が被相続人の預金を密かに引き出して使っていた場合、それが発覚すれば単純承認とみなされ、借金も含めたすべての相続義務を負わなければならなくなる可能性があります。
単純承認のリスクと注意点
単純承認は、相続の中ではもっともシンプルな選択肢です。しかし、だからといって軽い気持ちで行うと、後になって思わぬ負債を抱えることにもつながりかねません。
特に注意すべきなのは以下の点です。
- 熟慮期間(3ヶ月)を過ぎると自動的に単純承認になる
- 財産の一部を処分すると意思に関係なく単純承認とみなされる
- 限定承認や放棄の申述には期限がある
- 相続財産に関しては一切の義務も含めて承継する
相続が始まった際には、専門家に相談する、財産や債務の状況を早めに調査するなど、早期の対応が重要です。