相続財産管理人が選任される場面
限定承認を選択した相続人が複数いる場合や、相続財産に関して利害関係が複雑なときには、「相続財産管理人」という第三者が必要になることがあります。これは、相続人が共同して限定承認を行った場合において、財産の管理や清算を中立的に、かつ確実に進める必要があるためです。
民法936条は、このような場合に家庭裁判所が相続人の中から「職権をもって」相続財産管理人を選任できることを定めています。つまり、家庭裁判所が必要と判断した場合には、たとえ相続人が反対しても、手続きの公正性と円滑性を確保するために管理人の選任が行われるのです。
民法936条
1.相続人が数人ある場合には、家庭裁判所は、相続人の中から、相続財産の清算人を選任しなければならない。
2. 前項の相続財産の清算人は、相続人のために、これに代わって、相続財産の管理及び債務の弁済に必要な一切の行為をする。
3. 第926条から前条までの規定は、第1項の相続財産の清算人について準用する。この場合において、第927条第1項中「限定承認をした後5日以内」とあるのは、「その相続財産の清算人の選任があった後10日以内」と読み替えるものとする。
管理人の選任方法とその法的地位
家庭裁判所は、限定承認の申述を受理したときに、原則として相続人の中から管理人を選任します。この管理人を「職権による管理人」と呼びます(家事事件手続法94条)。この人物には強い法的地位が付与され、被相続人の財産を自己の名義で管理・清算することが認められています。つまり、他の相続人と異なり、管理行為の全責任を負い、権限も集中しているのです。
このような制度を設けているのは、相続人が複数いて対立する可能性がある場合、誰かが中立的にかつ迅速に対応しなければ、財産の毀損や債権者の損失リスクが高まるからです。
管理人の注意義務と責任
管理人には、被相続人の財産に対して「自己の財産におけるのと同一の注意義務」が課されます。つまり、自分の財産を管理するのと同じレベルの注意を払って管理しなければなりません。
さらに、債務の弁済や財産処分などの行為についても、管理人は自己の裁量で行うことが可能です。とはいえ、限定承認という制度の趣旨から、管理人がすべてを自由に処分できるわけではなく、あくまで債権者に対する公平な配当を前提に行動する必要があります。
民法918条
相続人は、その固有財産におけるのと同一の注意をもって、相続財産を管理しなければならない。ただし、相続の承認又は放棄をしたときは、この限りでない。
一方で、公告期間が満了した後は、限定承認者は相続財産をもって申出をした債権者や受遺者に対し、相続財産の範囲内でその権利に応じて弁済しなければなりません。ただし、担保権などの優先弁済権を持つ債権者は、一般債権者よりも優先して弁済を受けることができます。
訴訟上の地位と法的効果
管理人は、相続財産に関して訴訟を起こしたり、被告となることが可能です。たとえば、被相続人の財産を返還しない者に対して訴えを起こす場合や、逆に相続人が不当に請求されている場合に防御することもできます。
裁判上の立場としては、相続人全員の法定代理人ではなく、あくまで管理目的に限った代理権を有する者として位置づけられています。このように、管理人は非常に重要な責任を持つ存在であり、法律上の効果も相当に大きいのです。
相続債権者とは
次に登場するのが「相続債権者」という立場の人です。民法937条によれば、限定承認を行った相続人の中に、法定単純承認に該当する行為をした者がいた場合、その者については限定承認の効力を失い、単純承認したものとみなされます。
このとき、他の相続人は依然として限定承認者であるため、相続債権者は「法定単純承認をした相続人の持分に応じて」請求を行うことができます。言い換えると、限定承認をした相続人全員に対して等しく請求することはできず、あくまで「単純承認した者」に対してのみ、全責任を問うことができるのです。
民法937条
限定承認をした共同相続人の一人又は数人について第921条第1号又は第3号に掲げる事由があるときは、相続債権者は、相続財産をもって弁済を受けることができなかった債権額について、当該共同相続人に対し、その相続分に応じて権利を行使することができる
単純承認とみなされるケース
ここで注意が必要なのは、相続人の一人が、相続財産を処分したり、債務の一部を勝手に弁済したような場合、それが「法定単純承認」とみなされることです。このような行為があった場合、他の相続人が限定承認をしていたとしても、その者個人については単純承認が成立したとみなされ、全責任を負うことになります。
よって、限定承認を行った相続人の間では、相互に慎重な行動が求められます。誰か一人でも誤った行動をとれば、債務を背負うリスクがその者に集中するのです。
管理人と債権者の関係整理
限定承認制度においては、相続財産管理人が債権者に対して債務の弁済を行いますが、その際の順位や配当方法は、破産手続と類似のルールが適用されます。債権者は家庭裁判所の定める期間内に債権届出を行い、その内容に基づいて管理人が財産を換価・清算し、配当を行います。
この過程において、法定単純承認をした者に対しては、相続債権者が直接請求できるため、管理人はその部分については関与せず、別個に処理されるという構造になります。
